太秦からの映画便り

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映写室「「ドーバーばばぁ」中島久枝監督インタビュー(前編)

映写室「「ドーバーばばぁ」中島久枝監督インタビュー(前編)
―織姫たちの挑戦― 

この作品は、多摩地区在住の54歳から67歳の女性6人が、親の介護や家族の世話をしながら訓練し、ドーバー海峡をリレーで横断するまでを描いたドキュメンタリーです。身近な存在でもある普通の主婦6人の超人的な精神力、目標に向かって邁進する姿が、誰もを元気付けるでしょう。そんな彼女たちから元気を貰いこの映画の完成に漕ぎ着けたという中島久枝監督にお話を伺いました。

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(10月28日 大阪にて)

<中島久枝監督インタビュー>
―監督御自身も、皆さんと一緒に泳がれてもおかしくないような、フットワークの軽いスポーツウーマンの感じですね。
中島久枝監督(以下敬称略):いえ、私は泳ぎません(笑)。だからこうして映画を撮っているわけで。
―皆さんに会われたきっかけを教えて下さい。
中島:私の住んでいる地域、立川で、たまたまリーダーの大河内さんもボランティアをしていたんです。外国人で日本に住んでいる方々をサポートする立川市多文化共生センターというところで、お昼ご飯を食べていたら、向こうから「還暦までにはドーバーを渡りたいよね」と話しているのが聞こえてきて、(エーッ、何だろう)と思って、食いついてしまいました。詳しい事が知りたく、瞬間的に「ちょっと話を聞かせてもらえませんか」と言ったのが始まりです。

―その時にはもう、監督の中に映像になる勝算がおありだったんでしょうか?
中島:ええ、そうです。ドーバーがどういう所か知っていますから、還暦という言葉と一緒になって、ここを渡るってどういうことかなと興味を持ったんです。で、話を聞いたら、今度は即座に絵に出来るんじゃあないかと思いました。今まで自分がここまで動かされたことはありません。仕事はプロダクション等から、これをやって下さいと依頼がくるんです。大河内さんの話を聞いて、もっと話が聞きたくなり、駄目もとで織姫の皆さんを紹介して下さいと言いました。ドーバーと言うのと、還暦と言う二つのキーワードに引っかかったと。
―この年代の人たちがドーバー海峡を渡るのは、リレーだとしても珍しいんでしょうか
中島:ええ、平均年齢でも最高齢だし、外国には男の方で70歳代の方がいますが、日本では当時67歳だった原田さんが最高齢です。大河内さんが10年以上前に挑戦してますが、その年代、30~40代の方は結構いるけれど、60前後のこの年齢での挑戦は少ないんです。

―水も冷たくなる9月ですよね。季節的にもぎりぎりで厳しいと思うのですが。
中島:山に登る人の多くがエベレストを目指すように、ここはスイマーなら誰もが一度はトライしたい場所なので、世界中からスイマーが来ます。6隻か7隻しか認定されていない船のパイロットをやりくりし、協会から判定する人も付かないといけない。サポートする協会がそれらを上手く配して、それぞれに2週間を割り当て、その間に泳ぎなさいと言うわけです。何時泳げるか解らないまま、一つの団体に2週間をキープするわけですよ。何年も前から申し込むんだけれど、そういうのが重なったりするんで、9月にされてしまったんです。
―自分たちが望んだわけではなく、協会の都合で9月になったと?
中島:ええ。しかも天候とかのコンディションでその間に泳げないと、そのまま帰ってくるしかないわけです。今までやってきたことはそこで終わってしまうわけで、だからこちらも賭けでした。

―皆さんが向こうでステイされたのは、そういう方たちが良く利用されるところですか?
中島:多分そうでしょうね。2週間なので高いホテルには泊まれません。ドーバー海峡のエリアにはベッド&ブレックファーストの安宿がたくさんあるので、とりあえずそういうところに泊まって、決行の日を待つわけです。ずっと一緒にいると親しくなり過ぎるので、私は毎日ロンドンから通いました。

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ⓒ Duck Duck Goose

―今回は往路だけですよね?
中島:そうです。大河内さんと原田さんは以前に往復にトライして復路で失敗しています。あの時は今より10歳以上若いからゆとりもあったけれど、それから時間も経っているので、往復は自信がなくなったんですよね。
―そうはいっても、往路だけでも、若い時に挑戦した経験がないと、なかなか難しいでしょうね。
中島:そうですね。誰か経験者がいないと、この年齢で全員が初めてでは無理でしょうね。
初めての人たちは、やっぱり行くまでに相当の葛藤があったようです。行きたいけれどどうしようかなとか、ずいぶん悩んでいました。

―ちょっと気になったのは、直前になって骨折して諦めた沖縄在住の方です。あれは本当ですか?その前の口論があったので、そういう口実で遠慮されたのではと思ったりも。
中島:8月に骨折されたのは本当です。でも、それでも私はあの方なら泳げたと思います。と言うのも、彼女は凄い人なんですよ。トライアスロンでずいぶん優勝されているし、腰の手術をして、リハビリをし、数ヵ月後に泳いだ時は、皆よりも泳げていて、私はこの人は行く人だと思っていました。でも今度の骨折で、これ以上皆に不安を与えてはいけないと思われたのかもしれません。もし彼女が泳いでいたら、原田さんより1つ年上だから、平均年齢がもっと上がっていました。

―年齢のせいか、皆さんの体の弛み具合と筋肉のつき具合が絶妙で、感動しました。若いアスリートにはない逞しさを持った体ですよね。
中島:そうなんですよ。若々しいといっても、全てが若々しいわけではなく、年相応の弛みもあるんですが、鍛えた筋肉も凄いです。
―あの体に心身供の逞しさを感じました。若い人だけだったらここまで頑張れなかったかもと
中島:そうなんですよ。私もなんでこんな馬鹿なことをやるのかという意味のことを聞いたんですが、皆さん介護をされていて、日常が大変なので、何かに集中して気持ちを違うところに持って行きたい。それをやると、戻ってきて又元気に介護が出来るみたいなお返事でした。
―介護って、どなたを?
中島:この歳ですからご両親の介護をされる方は多いです。大河内さんにしてもご主人が脳梗塞の後遺症を抱えているし、お婆ちゃまのお世話もありますからね。
―一人の方が、イギリスに行く直前に、病院にお母様をお見舞いに行くシーンがありましたね。永久の別れのシーンの様でもありました。
中島:ええ、その覚悟だったと思います。ご主人が、泳ぎに行ってる間に何かあっても、もう教えないからと言ってましたね。あれもやっと撮らせてもらえたんです。最初は母親が病院で寝ているところまで映すのはと嫌がってたんですけれど、もしかしたら母とは一生の別れかもしれないから、撮ってもらってもいいですよとなって。そのお母様は今年の夏に、彼女がやり遂げるのを待っていたように亡くなられました。介護だけでなく、年齢的にご自分たちも何らかの体の故障を抱えています。原田さんはチタンが入っていますしね。沖縄の方も準備中に手術をされたでしょう。そういう色々な状況から、最後までご主人が大反対されている方もいて、私もいつ撮りに行こうかとはらはらしていたんです。ぎりぎりになって、許さざるを得ない頃に切り出すとか、主婦としての策略も凄い。(聞き手:犬塚芳美)
                            <明日に続く> 

 この作品は、11月12日(土)より、感謝と希望が増えるムービーセレクションとしてシアターセブン(十三 06-4862-7733)で上映。
   11/12~11/25  13:00~
   11/26~12/2   11:00~
※監督挨拶等関連イベントのお問い合わせは劇場まで。
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