太秦からの映画便り

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映写室「「ドーバーばばぁ」中島久枝監督インタビュー(後編)

映写室「「ドーバーばばぁ」中島久枝監督インタビュー(後編)  
―織姫たちの挑戦―

<昨日の続き>
―身体同様精神も逞しいですね。逞しいと言えば、リーダーの大河内さんが沖縄の方を責めるシーンがありました。見ていてこちらが泣き出しそうで。
中島:凄いですよ。私もどうしようと思いました。本人は泳がせて下さいと言って泣いていましたけどね。でも、泳がせて下さいと言うのは違うと大河内さんは言うわけです。私たちは貴女のサポーターじゃあないんだからと言う。このリレー遠泳の仕組みは、それぞれが必ず1時間を泳がないといけないんです。一人でも途中で何かあって早めに上がってきたら、そこで終わりなわけで、責任がもの凄くある。大学の箱根駅伝のような感じなんですね。泳ぎ切って次の人にバトンタッチできないと、全員の2年半近くのものが水の泡になってしまう。皆が言えない分、リーダーとして大河内さんが言ったという事なんでしょう。

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ⓒ Duck Duck Goose


―皆さん、心の中にそういう思いがあったと?
中島:今回始めて泳いだ人たちは、何とか行かせてあげたいなと言う軟らかい思いだったと思うんですが、経験のある大河内さんはドーバーの厳しさを知っていますからね。そんな生半可なものではないと言いたかったんでしょう。
―それほどの思いを持って臨んだのに、土壇場でひどい船酔いの方が出ましたね。ハラハラして見ましたが。
中島:二人以外にもほとんどの人が船酔いしていました。ドーバー海峡は本当に凄いんです。待機中の練習時も波が凄くて、沖はもっと凄いんだろうなと思っていたら、その通りだった。凪いでいると思っても、状況はどんどん変わる。それ以外に、今回危ないなと思ったのは、船の往来が多いことです。サメもいますしね。

―監督は船酔いしなかったんですか?
中島:実は私はあの船に乗っていないんです。カメラは知人と私の2台でしたが、出発シーンも撮りたいけれど、着くところも撮りたい。で、色々な状況から船中の映像は知人に任せ、私の方はイギリスを立つのを撮った後で、ユーロトンネルを通ってカレーに行き、着きそうな所を移動しながら、どう映せばいいかと昼間のうちにロケハンしていました。潮の流れや泳ぐコースによって何処に着くかわからないんです。着岸の可能性のある場所が30キロくらいあるので、ここに着いたらこう、あそこだったらこう撮ろうと、車で走り回って想定し、どちらにも行きやすいように、真ん中辺りで待機していたんです。でも昼間そう思っていても、夜は暗くて解からないんですよ。電話で何処につきそうかと船中のカメラマンに聞いても、今大事なところを撮っているからと切られる。船長はイギリス訛りがきつくて言葉が解かりにくいし、岬の名前のフランス語が又よく似ていて、こちらも何処だか解かり難い。真っ暗闇の中を、ハラハラしながら行ったり来たりして大変でした。やっと滑り込みのように撮れたんですが、少しでもずれていたら、断崖絶壁で駄目だった。潮の流れが静かでラッキーだったんです。と言っても、近くまではいけない所で、遠くから映したんですが、着いたとたんに、こちらが舞い上がりました。周りにワインを飲んでいるフランス人たちがいて、どうしたんだというから事情を話したら、一緒になって喜んでくれましたね。あれを映していたら面白かったかも。


―メイキングででも、そんなシーンを見たかった気がします。ところで、2年以上密着されたわけですが、どれくらいテープを回されたんでしょう?
中島:テープの長さはそんなに凄くないです。50~60時間でしょうか。最初に皆さんに水着姿になるのはいいですかと聞いて、しぶしぶでもそれは了解されたんです。で、彼女たちは泳いでいるところを撮ると思っていたんだけれど、それだけでは駄目で、それぞれが自分をさらけ出さないといけないんだけれど、こちらも戦略的に、すぐには言わず、顔を見慣れ仲良くなった頃に、恐る恐る「実は…」と切り出しました。なかなか納得してもらえず、一人一人を説得しました。

―編集方針は?
中島:そんなものはありません。もう気持ちでやりました。実は私も家で父を見ているもので、一部を手伝ってもらいながら、家で出来る作業は家でしました。
―良い言葉が一杯ありましたね。
中島:それに一番感動したのです。ドーバーの遠泳は、記録の達成ではなく、対岸に渡るというのが唯一の目的です。その為には、外の事は考えないで泳ぐことに専念しないといけない。後ろには泳げないので、とにかく前に進む。出発したら気候とかの自然に身を任せ、後は誘導してくれる船頭さんを信頼してついていく。出来ることはそれだけで、これって生き方だなあと思いました。対岸を死と考えたら、生まれてきた以上周りを信頼して自然に身を任せ辿り着くしかない。これって映画を作るスタイルでもあるわけです。ちょうど東北大震災の時色々な作業をやっていたんですが、自分に重なって余計にそう思ったんですね。私も介護度が高い父を見ていて、この映画を作るにあたり、一日4人位のヘルパーさんに来てもらい、ドイツに住んでいる妹に帰ってもらったりもしました。皆に助けてもらったおかげで作れたと感謝しています。色々大変なのですが、私が頑張れたのは、そんな助けだけでなく、あの人たちのおかげでもあります。ばばぁたちが泳ぎ切った時に、今度は
私だなあと思ったんです。あの人たちは達成した。今度は自分が音を上げずに編集して、公開しないといけないと思いました。


―皆からバトンを受け取ったと?
中島:ええ。上映もそうで、私は今までもドキュメンタリーは撮っていますが、会社にいますからテレビだったりDVDだったりで、劇場公開は初めてなんです。上映の仕方がわからない。でも都内で仕事をしているので、仲間がいますから、職場と皆さんの住んでいる立川近辺では上映したいなと思って、最初はこの2箇所で地域の発表会のように、皆に見に来てよと声をかけて上映したんです。ところが、どどどーっと良いリアクションが届き、劇場公開にまで漕ぎ付けました。それも最初は、お客が入らなかったら途中で止めるよと言う断りつきの、2週間の上映予定が、3週追加になり、ロングランになって。反響でどんどん広がっていったんです。見てくださった方の反応もよくてびっくりですよ。拍手されたり、泣かれたりもする。アンケートの回収率もよくて、6回続けて採ったところ、200人入る所に毎回170~180入るんですが、そのうち100枚くらい返って来るんです。元気を貰ったとか書いてくれていて、感動しました。激しいアピールはしていないんですが、今回はそんな静かな作風が良かったのかもしれません。2時間と長いので心配したんですが、「あっという間に終わった。最初はこれがドキュメンタリーかなと思って見ていたら、ぐいぐい引き込まれて、じわじわと感動し、最後はもっと見たかった」と。
―そうなんですよ。私もまったく同じ感想です。最後はあっけなく終わって、(え、何?もっと見たいのに)と心が残りました。
中島:何も付け加えるものがないので、そのままにしたんです。

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ⓒ Duck Duck Goose


―観客層は?
中島:最初は50,60~70のばばぁ世代だったんですが、その人たちが子供や孫を連れて来、30~40代になり、やがて20~30代の人と、どんどん下がっていきました。ばばぁたちの物語だけれど、こういうのを若者に見せてもいいのではと思います。
―ええ。映っている本人たちの反応は?
中島:最初は、泳いでるところが映って記念になるなら位だったのに、映画になって喜んで下さっています。で、見ながら感動して泣いていますね。家族問題も含めたこの2年半の辛かったこととか、当時の色々な事がよみがえってくるようですね。
―解かるような気がします。この後とかは?
中島:当然のように始まっています。来年は対馬からプサンに渡るようですし、大河内さんの60歳にあわせて、もう一度ドーバーにも挑むし、クック海峡も渡りたいと言っています。皆のチャレンジ精神に火がついたようですね。でも原田さんはさすがに、「サポートで付いて行くけれど、もう私は泳がない」と言っていますが。足がつってとにかく1時間が辛かったようで。チーム織姫は今もこんな風に頑張っています。これを見て皆さんも厳しい日常に負けず、頑張る力を受け取っていただきたいです。(聞き手:犬塚芳美)


<作品の感想とインタビュー後記:犬塚> 
普通のおばさんに思える6人のひた向きさから、自然に元気を貰える作品です。こんな馬鹿なことに挑む6人プラス1人、監督が皆さんから受け取った感動が静かに伝わってきました。



この作品は、11月12日(土)より、感謝と希望が増えるムービーセレクションとしてシアターセブン(十三 06-4862-7733)で上映。
   11/12~11/25  13:00~
   11/26~12/2   11:00~

※監督挨拶等関連イベントのお問い合わせは劇場まで。
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