太秦からの映画便り

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映写室「ポエトリーアグネスの詩(うた)」イ・チャンドン監督合同会見:後編

映写室「ポエトリーアグネスの詩(うた)」イ・チャンドン監督合同会見:後編   
―常に弱者を見つめる韓国の名匠の新作―

<昨日の続き>
―演技をしないと言いながら、言葉ではなく、表情や仕草で思いを伝えていますが?
イ:僕は基本的に演技をしないようにという演出方法です。俳優が感情を表現するのではなく、俳優が演じる人物を引き受け、その人物の感じるだろう感情を感じるだけで充分なのです。


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―バトミントンのシーンが何度か出てきます。どんな思いを込められたのでしょう?
イ:バトミントンの運動そのものは過激ではなく、単調な動作の繰り返しです。でもそれをするミジャの感情には激しいものがある。観客にその対照的な思いを伝えたいと思いました。静かであることと静かでない内面との対比を見て欲しいのです。

―監督の前作も川のシーンで始まったと思いますが、監督が川を映す意味は?
イ:今回の作品も川から始まりました。平和に見える流れが次には一転して、少女の死体が流れてくるシーンになります。日常の隣にある死、そんなものを表現したかった。それに、川の流れは生命の源だとも感じて欲しい。流れて行って又戻ってくるイメージにしたいのです。澄んだ水の下に色々なものを隠していることにも気付いて欲しい。ミジャは最初、目に見えるもので詩を書こうと努力するわけですが、それでは無理だと悟ります。生きていくには、表面の美しいものだけ見ていても駄目と言うこと。醜いものを通り過ぎて始めて、本当に美しいものが見えてくる。ミジャは死んだ少女の苦痛を自分の苦しみとして受け入れ、結果として彼女の代わりに詩を書くことが出来たのです。

―監督は詩を作られるのですか?
イ:思春期の頃には作った記憶があります。恋愛の詩で、この頃に何篇が作っていますね。今回はシナリオを自分で作ったので、最後の詩も自分で書きました。ミジャの代わりに詩を作って、詩を書くのは大変だと気が付きました。魂が求められますから。
―杏の詩のように、卑猥な詩も入れていますが?
イ:あの刑事はミジャの苦しみを唯一人聞いてあげた人で、猥談をし俗っぽい行動をとりながら、深い優しさ、人間的な側面を持っています。ミジャの決断を実行に移してあげた人でもあって、詩と言うのは美しさを捜す事だけれど、それは猥雑さと表裏一体でもある。美しさと世俗的なものは、物事の持つ2面性だと思うのです。そういう意味で入れました。
―この作品も京都で思いついたと伺いました。今夜も京都だそうですが、監督と京都とのご縁は?
イ:数年前から京都造形大で授業をしていて、年に何度か行くのです。

―監督ご自身の略歴等を教えて下さい。
イ:1954年生まれです。テグの米軍基地の隣で、アメリカの独立記念日の日に生まれました。公表された生年月日は親が少し不正をして、早めている。小さい頃はやんちゃだったので、早く学校へ行けるように、そうしたのだそうです。独立記念日には盛大に花火が打ち上げられるんですが、小さい頃は兄が、「お前の誕生日を祝って、花火が揚がっているぞ」と言うので、素直に信じていました。
―新作の度にこれだけ注目されるのに、寡黙ですが?
イ:作ろうと思っても、映画は一人ではできない。誰かの協力があって始めて動き出します。映画を作り始めた時は、生涯で5本出来れば良いと思っていました。もうそれは出来ています。自分の監督としての寿命が後どれくらい残っているか解からないが、後5作は撮りたいと思っています。

<作品の感想とインタビュー後記:犬塚芳美> 
まるでフランス映画のような、詩情に富んだ美しい作品です。詩の本質を追い求める物語も深くて美しいけれど、ミジャに扮するユン・ジョンヒさんの美しさに魅せられました。安物の服を着ても、ビニールの帽子を被っても、漂う品位と知性。彼女の中に存在する無垢な童女性と大人としての思慮深さ。ジョンヒさんの存在そのものがポエム、詩でした。こんな方を真ん中に据えただけで、この物語は半分以上成功していたのではないでしょうか。
インタビューに答えて下さるイ・チャンドン監督もまた素敵で、漂う文学性は、ご自身が小説家でもあるからのこと。そのままスクリーンの向こうの方になっても不思議はないと思ったら、俳優としても活躍されていたようです。
 物語は、描き足りなくなく、描き過ぎず、絶妙。試写室を出る誰もが、物語の余韻の中。至福の時を過ごし言葉にならない思いで胸がいっぱいでした。監督の思いは映画を見ればじわじわと伝わってきます。誰かと一緒ではなく、ぜひ一人で映画館に足を運んで、この作品の世界観に浸って欲しいと思いました。

この作品は、この作品は3月3日からテアトル梅田で上映
3月31日からシネ・リーブル神戸、5月5日から京都シネマ にて公開
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