太秦からの映画便り

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企画したのは長嶋一茂氏

映写室 NO.142ポストマン
     ―天国への手紙を届け続けた父―
  
 去年の10月から新しく歩き始めた「日本郵政グループ」。効率化を図って切り捨てられる事のないよう、過疎地の郵便局の大切さが言われるが、そんな現場で働く「郵便局員」を主人公にした、直球勝負の作品が届いた。企画したのは長嶋一茂氏で、制作と共に地域の人に愛される無骨な主人公も好演している。一人の男の気恥ずかしいほどの真っ直ぐさが心地いい作品です。

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(C) 2008「ポストマン」製作委員会

 <主人公の龍平(長島一茂)は郵便局員で>、2年前に妻を亡くして、房総半島のある町で、中3の娘と小学生の息子の3人で暮らしている。局長から昇進を進められても、現場が好きだと固辞し、しかも未だに配達は自転車だ。町の人の信頼は厚く、中には通帳を預けて用を頼む人もいる。でも忙しい父を見ながら、娘は家事を手伝わない。あげくに高校は寮のある所に行きたいと言い出す始末。
 <…と始まる物語は、「日本郵政グループ」の全面的な協力>を得ているだけに、手紙に関する肯定的な話が手を変え品を変え続く。じゃあ説教臭いかと言ったら、それは無い。どの寓話も素直に感動できる。そこが凄いのだ。主人公の真っ直ぐさが演じる長島と重なり、しかも好感を持てるのだから、この作品は彼の熱さと誠実さの産物だと思う。

 <手紙を配る主人公の自転車は、全力で町を走る>。一刻でも早く届けたいと、猛スピードで駆け抜けて行くのだ。先々で待っているのは首を長くした人々で、手紙は書いた人の思いどころか、まるでここに住む人に命の源を運ぶようなもの。時には危うい命そのものになるのだけれど、自転車に乗って路地から路地を回る彼の姿は、すでに町の風景だった。時計代わりになる程の勤勉さで、声をかけ心を配り町に元気を運び続ける姿勢には、こうあらねばと言う、役と言うより長島本人のひた向きな思いを感じる。頼もしくて、こんな配達員がいれば、地域はどんなに活気付く事か。高齢者の縋るような思いが伝わってくる。観終えるとなんとも心が温かく、こんな郵便局を、局員を、何時までも残して欲しいと痛切に願っていた。これがこの映画で発見した残したいものの一つ目だ。

 <自転車を走らせるにつれて流れる>、房総半島の風景も堪能したい。町外れの岬には灯台があって、菜の花が咲き乱れ太陽が燦々と注ぎ、少し坂を登ると広い海が見えるという温暖な海辺の町。菜の花畑とその花の黄色が写ったような明るい人々の表情は、春になれば太陽と海、大地の恵みで、何は無くても生きていける事を思い出させる。全く田舎ほど春の似合う場所はない。そんな長閑かな田舎は、二つ目に発見した何時までも残したいものだ。

 <男手一つで二人の子供を育て>、郵便の配達だけでなくこの町の人の消息まで気にする主人公は、文句なしの良い人だ。亡くなった母へ毎月手紙を書き続ける息子、母が亡くなった事を認めたくなくて、母親代わりの全ての仕事を拒否する娘。もっと辛いはずの父は、悲しいからこそ子供たちの前では悲しみを見せず、必死で妻の分まで子供たちを守ろうとする。母親はいないけれど、その不在すらが意味を持つ一家。ここにあるのは父を中心としたあまりに無骨で理想的な父子家庭だ。長島は家での父親の役割をしっかり認識しているのだと思う。これも無くなりつつある姿かもしれない。この父親像も残したい。
 <一家以外にもおせっかいな局長や仲間たち>、娘の学校の校長先生に半人前の担任教師、主人公を慕う町の人々と善人ばかりで、ここに悪人は登場しない。総てが善意で回る世界を、照れることなく演じられる長嶋一茂氏の真っ直ぐさが、伝わってくる作品だった。

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 <本当言うとこの手の作品は苦手>なのだ。観る前から言いたい事も話の展開も予想できる物語に、感心する以外何を言う事があるだろう。だから無防備に涙を零したりは出来ない。ジワーッと来ても(いかん、こんな手口でやられるなんて)と何度も踏みとどまった挙句、力尽きてぽろぽろ始まった。明るくなると、目を赤くした誰もが俯いて照れている。捻くれた都会人は、自分の中の純な感情を白日の下に晒すのが、なんとも気恥ずかしい。何故私たちは、誠実さを時には恥じ、隠し始めたのか。それを押して、彼以外にこの主人公の真っ直ぐさをこれほど伝えられる人はいないと思う。そんな男も残ってほしい。都会にいるとまるでお伽噺の様な人情溢れる郵便局の周りの人と風景、彼の「こうありたい、こうあるべき」と思う世界を、何時までも残すぞと言う意志が伝わってきた。

 <実は私は電話よりもメールよりも手紙派>。手書きの文字の暖かさや近いようで近づき過ぎない相手との距離感、書いてから相手に届くまでのタイムラグが好きなのだ。時間が経った分だけ思いを発酵させるとも思う。手紙には文字よりももっと深い、書いた人の思いが詰まっている。今でも帰宅時に覗くポストと郵便配達のバイクの音は、心ときめかせる特別なものだ。この作品全体が、映画と言う形を借りた、無くしたくない大切なものを私たちに教える長嶋一茂氏の手紙かもしれない。

    3月22日(土)より梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、
               MOVIX京都、神戸国際松竹他、全国ロードショー


ディープな情報
オールロケの撮影は主に房総半島の南で行われた。終盤感動的なシーンのある「いずみ鉄道」は、沿線の菜の花が美しい事で有名なローカル線。灯台や駅を目指して、一足早く春を探しに行くのもいいかもしれない。主題歌も千葉県繋がりで、路上ライブで発掘された地元出身の小松優一が歌っている。
 ところで2頭の龍が神社から海岸まで練り歩く、海辺の町らしい豪快なお祭りが登場する。てっきり本物だと思っていたら、この作品の為に考案した架空のお祭りだった。でも地元の人々が何百人もエキストラとして協力し、時間もかかった撮影の最後には、すっかりお祭りが地元に馴染み、誰もが本物のお祭りの気分だったらしい。全編から漂うそんな温かさも御覧ください。
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| | 2012年07月12日(Thu)22:03 [EDIT]


 

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