太秦からの映画便り

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映写室「311」森達也監督インタビュー

映写室「311」森達也監督インタビュー     
 ―非当事者でしかない多くの国民やマスコミ―

未曾有の災害となった3.11から1年が経つ。丁度1年目の日には、凄まじい威力をみせた津波や揺れの映像が、テレビで頻繁に流れた。映画界でも、あの日を検証するような作品が続く。震災から2週間後の映像をまとめたこの作品は、そんな中でも異色の切り口だ。被災地の現状だけでなく、取材する自分たちにもカメラを向けて、私たちに多くのことを問いかける。
 作ったのは、作家で映画監督の森達也さん、映像ジャーナリストの綿井健陽さん、映画監督の松林要樹さん、映画プロデューサーの安岡卓治さんという4人。被写体としても頻繁に登場する、森達也監督にお話を伺います。

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<森達也監督インタビュー>
―濃いメンバーですね? どういう経緯で集まられたのでしょう?
森達也監督(以下敬称略):震災の日、僕はテレビコンペの審査員をしていて、森ビルの16階にいたのです。立っていれないほどのすごい揺れでした。電車が止まったので、家に帰れないから、その後皆で居酒屋に行ったんです。まだその時は、ここまで被害が酷いと思ってなかった。皆が津波に飲み込まれた頃に、僕らは暢気にビールを飲んでいたわけですね。で、翌日から2週間、家に閉じこもって、テレビばかり見て欝になりかけた。そんな時に綿井さんから電話がかかり、現場を見よう、東北に行こうと誘われたわけです。落ち込みが酷く、この調子では元に戻れないと思い、行くことにしました。
―他の方たちは?
森:安岡さんが車を出し、松林君が運転手でと。僕らの共通項はプロデューサーの安岡さんで、彼が3人の作品をプロデュースしているんです。

―全員がカメラを?
森:ええ。長い間使わないから、僕のカメラはバッテリーが切れていて、綿井さんのカメラを借りて行きました。と言っても、最初は映画を作ろうとまでは思ってなかった。とりあえず行って、どうなっているか見ようと、映像でも解かるように、たいした準備もしないで行ったんです。それで場当たり的に被災地の様子を映したんですが、カメラが4台あるので、後のカメラには取材するこちらが映るわけです。で、そんな映像には、こちら側のどたばたが見えたと。

―でもそういう映像を使わないという選択肢もある。3.11を題材にした映画はいくつか見ましたし、これからも続くでしょうが、かなり異色の切り口です。さすがに森さんだなあと思いましたが、この作品は4人の監督の合同作品ですよね? この特殊な切り口はどうやって決まったんでしょう? それぞれの監督にそれぞれの視点があるでしょうし、異論は無かったんでしょうか?
森:監督と言う、決定権のある人間が4人と言うのは、実際のところ変ですよね。被災地に行くまでに、安岡さんと僕で、もし映画になるとしたら、どたばたしたこちら側のみっともなさを映すしかないよねえと話していたんですが、結果的にそうなりました。もっともこの視点には、最初は他の二人が反対しました。一番若い松林君は、最後まで反対して、一度帰った後で、すぐに、自分の作品を作る為に、もう一度被災地に入っています。彼が一番ヒューマニストなんですよ。カメラにしても、僕がずんずん前に行き、その後ろに綿井さんがいて、松林君は一番後ろで三脚を立てて、静かに全体を俯瞰している。結果的に彼らの映像の中に僕が映っていたと。まあ一番顔を知られていることもあって、色々な場所で撮っている映像の、全体をつなぐ役目の形で、僕の露出が多くなっていると言うわけです。

―インタビューにしても、皆が怯みそうな所も怯まず、少し不躾に突き進んで行きますね
森:自粛する雰囲気が一気に出来ましたからね。でもメディアというのは、もともと不躾なものなんですよ。人の不幸に踏みこんで行くくせに、正義漢面をするのは、どうにも気持ちが悪い。
―森さんらしいなあと思って拝見しました。普通はもう少し世間に合わせカッコつけます。被災地に出かけたのも無防備なままで、放射能に対する備えはまるでしてなかったわけですよね?
森:ええ。だから向こうで、他の人たちからそれでは危ないと言われ、急ごしらえで買っていますよね。つなぎ目をガムテープで止めたりするけれど、あんなもの何の役にも立ちません。無謀です。福島に向かう途中で、パンクするんですが、その時も、慎重な松林君が、瓦礫が多くてパンクしやすいからと、スペアのタイヤを出しやすいところにおいてたんで助かったんです。

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©森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治

―近づくにつれ、ガイガーカウンターが凄い数値になって、皆さん怖いと大騒ぎするんですが、本当に怖いですか? 私だったら見えないだけに怖さがわからない気がするんです。映像でも、怖いと言う声音は、恐怖心と言うより、高揚感と見れなくも無い。
森:本当に怖いです。その裏返しで、恐怖心を紛らわせるように大騒ぎはしていますが。最初の頃はまだ恐怖感と言うのが解かってなかったけれど、近づけば近づくほど怖くなる。見えない恐怖と言うか、綿井さんが、この恐怖感は戦場と一緒だと言っていました。
―そういうものなんですね。遺体はもう無かったけれど、さっきまであっただろうという雰囲気の、暗い安置所の映像が衝撃でした。津波のせいで泥で汚れていて、遺体の状況も想像させる。始めて見る映像です。こんなところにと思うと、想像を絶する被災地の惨状と、遺族の悲しみを実感しました。
森:もう遺体はないわけだから、テレビとかだったら流しませんよね。そういう意味では初めてかもしれません。

―これ以外にも、この作品には、他のメディアには出ない映像がたくさんありますね。
森:避難所でも、両親をなくした子供にインタビューするつもりだったのに、お父さんはと聞くと、仕事に行ってると言う。空回りです。ああ言うのも、普通は流しませんよね。マイクを向けて、不満や怒りがあったら僕らにぶつけてくれと言うシーンもあります。あのみっともなさや狡猾さだけはやめて欲しいと言うのが本音だけれど、だからこそカットしてはいけないとも思いました。この作品は全てが逆なんです。普通だったらカットするようなところをこそ見せている。

―皆の流れを疑うと言うか、良識とは別の視点から物事を見せる。いかにも森さんだなあと思いました。
森:震災以降、自粛と言うくくりで、世の中に一つの流れが出来てしまった。これは危険だと思う。流れは暴走になりますから。メディアにしても、自らが持っている後ろめたさを隠し、当事者ではないのに、当事者のつもりで事に当たってしまう。そのみっともなさをこそ見せたいと思いました。僕は正義面をしたメディアと言うのが、嘘くさくて気持ち悪いもので。

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©森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治

―善悪ではない、ぎりぎり瀬戸際の視点がお好きですよねえ。「A」の頃からの監督の一貫した姿勢です。
森:オーム事件が始まりだと思うのですが、マスコミの垂れ流す映像を刷り込まれて、当事者ではないのに、皆が当事者のつもりで、遺族の感情を共有してしまった。皆の間に、共通の被害者意識が高まりました。そうかと言って、それがしんどいものだから、皆が現実から目をそらす。結果的に、何に向かって、何をしているのか解からなくなる。被害者意識が増幅されると、人間が集団化してしまう。群れは暴走します。それが社会の右傾化に繋がると思う。大きな災害の後では、社会が不安定になって、大阪で橋下知事が誕生したように、強いリーダーを求め始めますから。

―確かに。だからこそ物事の側面、世間一般のアンタッチャブルなところに触れてくると。
森:だから叩かれる。この作品も賛否両論です。でもそれでいい。
―ええ。叩かれるのは、強くて叩きがいがあるからでは?
森:本当は強くなんて無いんですけどね。(聞き手:犬塚芳美)
 
<作品の感想とインタビュー後記:犬塚> 
 震災から2週間後に、被災地に駆けつけたこの4人が、偽悪的に、自らの滑稽さ、非当事者としての頼りない立ち位置を示した事で、私たちの中の、小さな何かを思い知らせます。一斉に一方向に流されるのを嫌う、森達也さんの本領発揮ですが、3.11を題材にしながらも、それを貫くのが凄い!やはり打たれ強いと思うのです。


この作品は、3月24日(土)より、第七藝術劇場(06―6302―2073)で上映
4/7から神戸アートビレッジセンター、 順次京都シネマ にて公開


尚、3/24~3/30に、シアターセブンで4人の監督の関連上映あり
詳しくは劇場(06-4862-7733)まで。


*関連上映 <「311」の男たち>  
A (監督:森達也)
A2 (監督:森達也)
Little Birds (監督:綿井健陽)
 花と兵隊 (監督:松林要樹)
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