太秦からの映画便り

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映写室「だんらんにっぽん」上映案内

映写室「だんらんにっぽん」上映案内 
  ―小池征人監督に伺う、愛知・南医療生協の奇跡―

<「いのちの作法」、「葦芽」で>、地域で守られるいのちの尊厳を描いた小池征人監督が、今度も又、まるで桃源郷のような世界、地域住民が出資して作った医療生協の姿を教えてくれる。題名の通り、ここにあるのは、医療と言う聖域に日常や素人感覚を滑り込ませた、ほんわかとしただんらんの姿。病院なのに堅苦しさ等微塵もない。普段着の小母さんたち、ボランティアが行き来して、まるでお茶の間か地域の集会所のような気楽さ。
<ここの医療を動かしているのは>、白衣の医師や病院職員ではなく、利用する側の住民なのだ。健康診断等もボランティアが協力して行う。これなら、病院嫌いのせいで、重い病を手の施しようがないまで放って置くという事態も起こらないだろう。

 <医療生協とは>、医療や介護事業を行う生活協同組合のこと。この作品の舞台となる「愛知・南医療生協」の歴史は、1959年に伊勢湾台風で5000人の命を奪われたことから始まっている。壊滅的な被害の中、全国から集まった医師と地域住民が力を合わせて救助活動をした。そんな経験から、1961年に「自分たちの命は自分たちで守らなければいけない」と考えた住民308人が出資し合って、生協組織を誕生させる。まだ国民皆保険制度以前の、医師に掛かり辛い時代のことだ。そして半世紀が過ぎ、308人は6万人を超える組合員を抱える大きな組織へと成長した。

 <巨大組織になっても>、ここでは、個々の顔、一人一人の姿が際立っている。支配しているのは、自転車やサンダル履きの地域性。しかもスローガンは、“みんなちがってみんないい”だ。誰の顔色を見ることもなく、それぞれがそれぞれらしく、自分の思うがまま、ありのままで組織に参加している。だって主役は組合員の自分たち。病院を動かすのだって、医療関係者ではなく、自分たちだ。

 <「地域パワーと言うより、小母ちゃんパワーですよ。>残念ながら編集の都合でカットしたけれど、ある女性が“ここの活動に参加して枯れ木に花が咲いた”と言うんだよね。利用者だけでなく、ボランティアに取っても、誰かの役に立つ事が生きがいになっている」と、小池監督は目を細める。
<監督がこの作品を作ったきっかけは>、前作「いのちの作法」の上映会を2008年にここでやって貰った時の事。生き生きとしたここの仕組みを知り、医療の協同組合というのは何なんだろうと考えたと言う。ここの仕組みはまず自分たちの必要性から始まる。必要なのにないものを見つけると、どんどん自分たちで作っていくのだ。お金も公的資金の援助を待ったりせずに、自分たちで集めてしまう。

<組織が大きくなると>、官僚的になるものなのに、ここの決定は合議制。会議がやたらと多く、しかも会議の席を回していき、その日たまたまリーダーの席に座った人がリーダーと言う仕組みで、リーダーがどんどん替わり、誰もが鍛えられていく。そこが素晴らしいと言う。

 <2011年に撮り終えて>、さあこれから編集しようかという時に、大震災が起こった。さすがの小池監督も脱力感に襲われ、暫くは手が付かなかったそうだ。「でも考えてみると、こんな時こそ、この映画のような、人と人とのつながりが大切だと思った。今、社会がセーフティネットをなくし、解けてしまっている。でもここはそうじゃあないんですよ」と更に目を細める。

<「どうしてここだけにこういう組織が根付いたんでしょうねえ」>と問いかけると、監督は「やっぱり、初期にカリスマ的なリーダーがいたと言うことでしょう。星崎診療所の初代所長の岩城先生は、今もお綺麗だけど、若い頃の写真を拝見すると物凄く綺麗でね。しかもお洒落。あんな若くて綺麗な先生が一生懸命なんだから応援しなくちゃあと思う人が多かったんでしょうね。未だに皆、が岩城先生を神様のように崇めていますよ」と、舌を巻く。高齢化社会で、日本中が問題を抱える今、全国から視察団が訪れると言う。小池監督のおかげで、老後に住みたい町が増えていく。(犬塚芳美)

この作品は、5月26日(土)~6月15日(金)まで、第七藝術劇場で上映
     時間等は劇場まで(06-6302-2073)
    又、7月神戸アートビレッジセンター、順次京都シネマ にて公開
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