太秦からの映画便り

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映写室「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(前編)

映写室「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(前編)
―若松孝二監督、井浦新(ARATA)さん合同会見― 

「実録・連合赤軍」、「キャタビラー」と、国を憂いながら時の政府や時代に翻弄される若者を捉えて、衝撃作を連発する若松孝二監督が、今度は、ある年代以上には忘れられない衝撃的な事件、三島由紀夫の自決の日を映像化しました。若松孝二監督と、この作品の為にARATAを改め、井浦新さんとなった二人の合同会見の模様です。

<その前に、「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」はこんな作品> 人気絶頂の作家三島由紀夫は、「憂国」を書き上げた頃、社会党の浅沼委員長を刺殺した17歳のテロリストが、少年鑑別所で自死したのを知る。時は学生運動の全盛期、三島は民族派の学生たちと「楯の会」を作り、有事には一緒に決起しようと、自衛隊に入所して訓練に励む。しかし、自衛隊に出動の機会はなく、「楯の会」の若者たちは焦るばかり。そしてあの日が来た。

<若松孝二監督、井浦新(ARATA)さん合同会見>
―私たちには忘れられない事件です。この作品を作ろうと思われた動機は?
若松孝二監督(以下敬称略):連合赤軍を撮っている時に、三島さんを撮ろうと思いました。左ばかり撮るのは不公平だ、右の作品も撮ろうと思ったんです。連合赤軍の若者たちも三島さんも、日本を変えようとあんな事件を起こした。あれから45年経つのに、何も変わっていない。無念でしょうねえ。でも日本の監督はどちらの事件も扱わない。何処かからクレームが来るのでは、文句を言われるのではと恐れて、撮らないわけです。だったら僕がやろうと。登場人物も全て実名で撮りました。
―実際にクレームはありましたか?
若松:試写の段階では、ありません。右からはよく作ったと言ってもらえました。左は裏では色々言うけれど、表立っては言ってこない。元々そういうところです。パンフレットの為に、右は堤さん、左は田原総一郎さんに書いてもらったけれど、どちらもべた褒めなんだよ。
―それは予想したことですか?
若松:僕は何も予想しない。次の一瞬は解からないからね。

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©若松プロダクション

―三島家からは何かありましたか?
若松:原作を使うわけでもなく、三島さんの台詞を使うわけでもない。どうぞご自由にということでした。ただし、家を使わせて欲しいとお願いしたけれど、それは駄目だった。
楯の会の人たちは話を聞きたかったけれど、会ってくれない人もいましたね。
―劇中で、奥さんが何を遺したかと問うシーンがあります。不思議な動作をしますが、あれの意味は?
若松:両手を上向きにして広げるあれでしょう。首が重かったという意味です。それ以外は皆解からない。

―新さんに伺います。キャスティングされた時の気持ちは? 
井浦新(ARATA)さん(以下敬称略):出てねと言われて、クランクインの日だけが決まっていました。連合赤軍の撮影中に、監督から「今度は右を撮る」と聞いていたので、いよいよ近づいてきたぞと思っていました。でも、クランクインの2ヶ月前に、「貴方に三島を任す」と言われた時は、やっぱり驚きました。嬉しいと言うより驚きで、できるだろうかという思いが膨らんでいったんです。監督からは「俺は物まねの映画は要らん。再現ドラマにするつもりもない。新が思う三島を思いっきりやれ」と言って、背中を押していただきました。10代の頃から、60~70年代カルチャーに興味があって、色々本を読んでいました。だからこの事件にも興味がありましたが、三島を褒め称えたものはすべて排除していく作業です。台本を自分の血肉にしていく作業をその日まで続けました。若松監督は連合赤軍の時から、演技をつけるんじゃあなく、「今お前はどんな心を見せるのだ?」という言い方をして気持ちを追い込んでくれました。何時もの若松組の撮影スタイルを思い出し、日本を思った男というのを勝手に想像して、三島を作っていきました。

―撮影期間は?
若松:12日間です。新の三島をやってくれと任したので、テストもなにもしなかった。大体僕は、俳優ともスタッフとも打ち合わせをしません。テストもしないでぶっつけ本番です。ああでもないこうでもないとテストをすると、集中力が続かず雰囲気が出ませんから。もしかしたら、新は三島さんに一番近い人物として演じてくれたんじゃあないかなあ。
―新さんを三島にキャスティングした理由は?
若松:新との最初の出会いは、連合赤軍の時です。最初から決まったわけじゃあなく、何度かのオーディションがあったんだけど、2回目に新が丸坊主になって現れたんですよ。それが坂口にそっくりでね。坂口はこいつだなあ思って任せたんです。今回の三島役は、新だけじゃあなく、色々なイメージを想定して、色々な俳優を思い浮かべてみたが、最後は新に戻ったというわけです。赤麻呂さんの息子の大森南朋とかも考えたんだけどね。ところが脚本を渡す前日に、新が別の撮影で足を骨折しちゃってねえ。入院していた。それは困る。とにかく直せと厳命しました。

新:もう気合で治したようなものです。追い込まれて必死でした。半端な骨折じゃあなくて、今も足にボルトが入っている位の、本格的な骨折なんで、歩けるようになるのもそんな簡単じゃあない。病院の先生方には奇跡のようだと言われました。しかも脚本だと自衛隊に入所して走るシーンがあるんですよ。大丈夫かなあと心配しました。実際にあのシーンはヘロヘロなんですが、あれは骨折後に始めて走ったわけで、演技ではないんです。
若松:実際にも、三島は体力がなかったようで、新が上手く走れないのが三島のイメージだと、後で色々な人から言われましたね。まさに怪我の功名だ。
新:2ヶ月と12日間、集中力を高めて、この間はこの作品と監督のことしか考えていません<明日に続く>

この作品は、6月2日(土)より、全国でロードショー
   関西では、テアトル梅田(06-6359-1080)、
        第七芸術劇場(06-6302-2073)、
        シネ・リーブル神戸(078-334-2126)、
        京都シネマ(075-353-4723)で上映
    上映時間等は各劇場まで
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INTRO | 2012年06月01日(Fri) 20:52


 
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