太秦からの映画便り

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映写室「相馬看花-第一部奪われた土地の記憶―」松林要樹監督インタビュー(後編)

映写室「相馬看花-第一部奪われた土地の記憶―」松林要樹監督インタビュー(後編) 
      ―福島第一原子力発電所から20キロ圏内の町―

<昨日の続き>
―それだけ大変ということなのでしょうね。誰かが苦境を脱しそうになると、他の人は置いてきぼりを食った気分になる。そういう感じかも。震災がすべてを壊して一瞬で非日常が広がったのに、1年経ってみると、この大変な状況が、非日常ではなく、日常になっていた。期間限定に思えた苦しみが、果てしなく続きそうに思えたら、これからどうなるのかと、不安になるのも無理はありません。今こそ、外部の支援が必要な時ですよね。

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©松林要樹

松林:だけど、そうはならない。今年の3月11日にメディアがいっせいに1周年の記念番組を流しましたが、なんかそれで終わった感じがあります。本当はぜんぜん終わってないのに、社会全体が短いスパンで動き、回っているのかなあ。他者にとっては1年で終わっても、当事者にとってはちっとも終わっていない。しかも、本当は考え方に溝があるのに、お互いに口を閉ざし、その溝を確認しないことで、何とかつながっているという危うい関係性。とても小さい村社会で、親戚縁者の中にたいてい東電がらみの人がいる。今まで経済的にも恵まれ、大手を振って歩いていたんですから複雑ですよ。今までの関係もあるし、これからの関係もある。それぞれの問題の根が深いというか。これは描き切れていないんですが、フクシマについても、嫌な面をいっぱい見ました。

―今も撮影中なんですよね。第2部もあると伺っています。
松林:2部はもう作りません。その後も追いかけてはいますが、もう作れないなあ。皆喋らないんですよ。原発に関しては特に。皆が無関心になろうとしているのかなあと。誰かがネガティブな話をすると、「止めろ。そんな話するんじゃあねえ」と誰かが止めるし、取材しようにも「どう編集されるかわかんねえぞ」と警戒されだして、時間とともにギクシャクしてきました。
―難しいですね。それだけ大変なのでしょうが、だからこそ、ここはフクシマの方に声を上げ続けてもらいたい。
松林:それも難しいなあ。誰かがNHKの特集とかで取り上げられて喋ると、又それが悪口になるんですよ。「あの人は自分が代表みたいにあんなこと言うて。偉い人なんだ。講演料も貰って」とやっかみになる。本当に狭い世界で、未来よりも隣の人が気になるんです。

―この作品は前向きな明るいものになっていますが、そういう面を見ると、この作品の編集トーンが変わるのでは?
松林:いや、それは変わりません。最初から、この人たちの前向きな姿を伝えて、皆の勇気に変えて欲しいと思っていましたから。
―桜等、被災地に咲く美しい花が出てきますね。田中さんも花の一つかと思いますが。
松林:花はいいですよね。たくさん撮りました。田中さんは本当に普通の人でありながら、ひた向きで、ある種の希望で、花のような存在です。普段着感覚、主婦の目線を忘れず市議の任務をこなしています。
―頼もしい存在です。ところで、田中さんたちがやっていた「いととんぼ」は再開できましたか?
松林:いや、出来ません。どこかで出来たらいいねと言うんですが、なかなか。もともと「いととんぼ」は、1970年代に大手企業の工場が進出してきて、雇用とお金を生み出したのに、2004年頃から、もっと安い賃金も求めて、企業が工場を海外に移し出します。雇用もお金もなくなった。以前していた仕事からも遠ざかっているから皆立ち往生です。町が大企業の都合でガタガタになるのを見て、田中さんたちが、「昔はここにこういう良い物があった。おいしい野菜や果物におじいちゃんおばあちゃん」と、地元のものを見直して、ここの良さを再発見して貰おうとはじめたものです。それが軌道に乗りそうになった矢先に、今度の震災でしょう。なんか辛いですよね。今も1月に一度は取材に行っていて、田中さんのところに泊めてもらうんですが「何か良い事あった?」、「上手くいった?」、「いととんぼを何所かで再開したいなあ」と言い合っていますよ。そう出来ればいいなあと思っています。それには皆さんがフクシマを忘れず、応援し続けてくれることが大事。今関西は関西の原発問題で頭がいっぱいですが、日本中いつあんな大震災が起こらないとも限らず、自分たちがフクシマのようになる可能性がある。当事者意識を持って、フクシマと原発の悲惨さを忘れないで欲しいと思います。

―映画の中に、東京のデモの様子も入っていましたね。
松林:あそこに入れたのは、東京のデモの人たちの声って、現地には届かないかもと思ったんですよ。声を上げることに反対はしないけれど、地元には届かないよと。まんま、地元の人たちに見せたいなあと思いました。相馬の人たちは、あんなことがあったのも知らなかったんです。今回見せると「あの人たちは何が悲しくてあんなことやってるんだ」と言っていました。「何であんなことやってるんだ」という印象だと思います。
―良い悪いは別にして、東京で馬鹿騒ぎをやっているようにも見えますよね。怒りは?
松林:怒りではないですね。もう諦めですよ。自分の身に起ってみないと、これはわからない事で。もしかしたら自分たちに関係ないところで、騒いでいるという思いもあるかもしれません。所詮生活がかかっているわけじゃあないので。それは今回だけでなく、運動とドキュメンタリーをやっている人間の、問題かもしれません。初期のドキュメンタリーはたいてい、運動とリンクしたような社会問題を扱っていましたから。今回あそこにあれを入れた意味を聞かれても、解かりませんとしか答えられません。あそこに入れるのが良いなあと思っただけで、後は見てくださる方に委ねたいと思います。
―温かさの中に色々な問題提起を含めた作品ですね。
松林:こういうものは、考えるきっかけにしか成らないですよね。自分がこれを伝えたいと思っても、それがうまく出来ているかどうか、皆さんの役に立っているかどうかはわかりません。でも何かのきっかけにはなって欲しいなあと。僕が言いたいのはそれと、あの惨事を忘れないで欲しいということ。まだ渦中の当事者がいっぱいいるのを、忘れないで欲しいと思います。(聞き手:犬塚芳美)

<作品の感想とインタビュー後記:犬塚> 
「花と兵隊」の時はもっとひ弱だったのに、今回の松林監督は逞しい。心の奥のヒューマニズムを守って、つき進んで行く頼もしさが見えました。この作品も自身の感覚としては長すぎるそうで、描き足りないくらい、物足りないくらいが丁度良い。後20分削りたいけれど、出来なかったと言います。3畳という狭くてシンプルな部屋も、本当に大事なものだけ。余計なものは排除した暮らしぶりからして、いつかそういう作風にたどり着かれることでしょう。そういう戦士を、田中さんがフレームからはみ出し温かくフォローされているのを感じました。そういう、フレームの外の余情、取材の過程で築く人間関係が、この若い監督の持ち味でもあるかと。それにしても心は骨太。

この作品は、7月21日(土)より第七藝術劇場で上映
8月25日から神戸アートビレッジセンター、
順次京都みなみ会館 にて公開



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