太秦からの映画便り

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映写室 「プンサンケ」チョン・ジェホン監督インタビュー(前編)

映写室 「プンサンケ」チョン・ジェホン監督インタビュー(前編)
    ―分断国家・南北の境界線上を自在に行き来する男―

 韓国映画界の底知れない力を感じる作品が公開になる。脚本は、鬼才キム・キドク。メガホンを取ったのは、韓国美術界の巨匠キム・フンスの孫、チョン・ジェホン。奇想天外な物語から浮かび上がるのは、分断国家の悲しい運命で、この作品が作られたのは統一への憧憬からだ。来日のチョン・ジェホン監督に、撮影秘話だけでなく、師匠であるキム・キドク監督への思いとか詳細に聞いています。

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©2011 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

<その前に、「プンサンケ」とはこんなお話> 
38度線を飛び越えて、3時間以内に何でも運ぶ、謎の男がいる。離散した家族の最後の手紙やビデオメッセージ、時には人間も運ぶ。いつも北朝鮮製の煙草・豊山犬(プンサンケ)を吸うことから、その名で呼ばれ始めた。連絡方法は“帰らざる河”に、メッセージを残すしかない。ある日、韓国に亡命した北朝鮮高官の恋人、イノクを連れてくるよう頼まれる。危険な境界線を共に越える間に、彼の何かが狂い始めた。

<チョン・ジェホン監督インタビュー>
―南北問題を丁寧に描かれていますが、この問題は元々監督の中にあったものでしょうか?
チョン・ジェホン監督(以下敬称略):南北問題はいつも頭の中にはありましたが、実感したのは国内ではなく海外でです。僕は10代をアメリカで、20代を中立国のオーストリアで過ごしました。そのオーストリアで北朝鮮の人に出会ったのですが、僕は小さい頃に、韓国で厳しい反共教育を受けて育ったので、北朝鮮の人はとんでもない人たちだと思っていますから、声がかけれないんです。でも喋るのを聞いていると、会話の中にジョークを交えたりと、僕と同じ普通の人だった。で、驚きました。それでも、お互いに警戒しあい、声をかけれない。これこそが分断国家なんだなあと思ったんです。

―この作品の始まりは、キム・キドク監督の脚本ですよね? 始めて読まれた時の感想は?
チョン:内容はそれ以前から知っていたんです。シナリオを読んで、これを自分が理解できるだろうかと思いました。キム・キドク監督のお父さんは、朝鮮戦争に行っていますし、監督自身も海兵隊にいらした方です。言わば分断の現場を知っている。それに対して私は、外国の生活が長く、父も国連で働いていたりして、見る視点や環境が明らかに違います。結果的には私自身の視点で映画に向き合おうと思いましたが、その決心がつくまで悩みました。二つ目の悩みは、この重いテーマをどのように普遍化することが出来るかです。分断という単語自体が重いですよね。それをどのように観客の皆さんに伝えることが出来るかと悩みました。

―少し話が戻りますが、脚本を読む前に内容は知っていたというのはどういう意味でしょう? キム・キドク監督にこういう話を書くと、聞いていたとか?
チョン:この脚本はだいぶ前からあったのです。私がこれを読む前に、キム・キドク監督は何人かの監督に声をかけていました。その方たちは内容的にもお金の点でも自信がないと断ったようですが。
―でも、監督は果敢に引き受けたわけですよね? その時の覚悟は?
チョン:覚悟も何も、挑まないという選択肢がなかったんです。いい素材があれば、何とかすべきですから。それが監督として一番力を発揮できるところでもあります。特に南北問題を扱った映画自体がほとんどありませんから、私自身の視点でこの問題の映画に取り組めるというのが、興味深くもありました。それに、映画はお金で作るのではなく、思いで作ることができるというのを、知らせたい思いもありました。

―それで、キャストの皆さんに、ノーギャラを交渉されたと?
チョン:そうです。この作品は、キャストだけでなく、全てのスタッフがノーギャラなのです。字幕をご覧になれば解かりますが、投資というところに“「プンサンケ」のスタッフ”というのが出ていると思います。
―そういう事をまったく感じさせない大作感、エンターテイメント性でした。扱っている問題はとてもコアですが、映画としてとても広がりのある作品ですよね。パンフレットを読むまでは、セット等も含め、もっと大掛かりなものを想像したのです。そういう厳しい状況で作ったことが想像出来ませんでした。
チョン:観客の皆さんに、低予算であることをわからせるような映画にしてはいけないと思います。見る方は低予算だとか、お金をたくさんかけているとか関係ありませんから。作品を作品として見て頂きたいです。だから、低予算であることを見せない為に、色々な準備をしました。商品として競争力のあるものを作らなくてはいけないと考えたのです。僕の長編デビュー作となった「ビューティフル」も、同じように低予算の映画で、最初は3箇所でしか上映できなかったのです。そういう経験があったので、もっと多くの人に届くような作品にしたいと思いました。もちろん低予算ゆえの制約も多かったです。でも、それに挑戦する事自体が、楽しい作業でした。

―監督は経歴がユニークですよね。以前はオペラ歌手をされていたという話を聞きました。映画に向かうきっかけとか、監督にとって映画はどういうものなのか、教えて下さい。
チョン:声楽は20年以上しています。小さいころからずっとまじめにやってきたので、これが自分の進むべき道だと思っていました。映画監督というのは夢のまた夢ですね。20代後半には声楽をしながら経営学も学び、美術も小さい頃からやっています。こういう風に色々なことを勉強しましたが、1度しかない人生だし、自分が夢でしかないと思っていたことをやってみたいと思ったのが始まりでした。周りの人たちが、声楽の道をあきらめるのは勿体無いと言いましたが、私はそうは思いません。と言うのも、オペラも芝居で結局は演出なんです。私は声楽家でありながら俳優でした。映画監督として、俳優の視点で演出をするというのも、あり得るのではないかと思うんです。普通は1つの舞台に2,3ヶ月準備をします。全部楽譜を覚えないといけないですから。そういう手順を、私の演出では使っています。リハーサルを沢山するということです。撮影に入る時には、全てを覚えてもらっていました。そういうのは、私の声楽家としてのトレーニングがなければ不可能だったと思います。

―では、20何日という撮影期間には、そのリハーサルは入っていないのですか?
チョン:ええ。撮影の前の準備期間が一カ月位あったと思います。撮影現場ではいつもありえないことが起こります。入念に準備しないとそれに対応することができません。私にとっては、いくらしても完璧な準備というのはありえない。でも準備をしておけば、早く撮影が進みます。(聞き手:犬塚芳美<明日に続く>

この作品は、9月1日からシネマート心斎橋、
順次京都シネマ、元町映画館 にて公開
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