太秦からの映画便り

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映写室「長良川ド根性」上映案内:東海テレビ・ドキュメンタリー劇場第四幕

映写室「長良川ド根性」上映案内:東海テレビ・ドキュメンタリー劇場第四幕 
    -流れてこそ、川?-

<冒頭から、シュールな映像に驚く> まるで宇宙基地ででもあるかのような、巨大な金属製のキノコの羅列。しかし、周りに広がるのは洋々と流れる川だし、俯瞰すると沿岸には豊かな緑が広がっている。この人造物が、のどかな風景の中に平然と並んでいる不思議さ。ここはどこ?と目を凝らすと、この川が日本の中部地方を流れる長良川だと教えられる。きのこの群れは、「長良川河口堰」だった。

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©東海テレビ放送

<古来より長良川は>、日本でも有数の豊かな漁場だった。沿岸には、上流、中流、下流と、それを生りあいとする多くの漁師が住んでいた。そこに押し寄せた高度成長と近代化の理論。ここは沿岸に中部工業地帯も抱えているのだ。地元住民をさえ、賛成派と反対派に2分し、総工費1500億円をかけ、全長661メートルにも及んで作られたこれが、今、開門と閉門の続行の間で揺れている。

<元々の目的は利水で>、中部工業地帯への水の供給だった。さらに上流の治水の目的もあって、川底を掘って深くしよう。そうすると、低くなった上流に向かって海水が逆流を始める。周辺の農地に塩害が出るかも解らない。だったら河口に堰を造ろうという、自然に手を加えてとどまるところを知らない、遠大な計画が動き出す。途中で賛否両論起こったが、一度動き出した巨大プロジェクトはとまらない。川の形態を変え、多くの漁師の仕事をなくすることを予想しながら、経済発展の旗印のもと出来上がってしまった。

<川の形態変化は、予想以上に進んだ> いや、誰もが予想しながら、見ない振りをしてきた現実が、襲ってきただけかもしれない。魚や貝が捕れなくなり、多くの漁師が廃業していった。
長良川はその前から、農地確保の為に干潟を埋め立てたりと、自然に手が加えられてきた。蜆の大切な魚場だった干潟を埋め立て作った農地は、いまだに手がつけられないままで、雑草が茂っている。米の自給が大きな目標だったのに、完成した頃には米あまりになっていた。
<日本は今や、環境問題が>民意の主流だ。2010年、堰が出来て16年後に、愛知県知事選挙に出馬した大村秀章氏は、環境の悪化につながっていると、河口堰の開門調査を公約にあげた。正しいことのように思うが、軽々にそう言われると、かって命がけで反対した者には、之も又、なんともやりきれない。

<胸を締め付けられる言葉と映像がある> 開門、閉門続行を問う討論の途中で、席を立ってしまう一人の老人の姿だ。一徹なこの人は、この堰の建設に最後まで反対し、皆から、中部地方の発展を邪魔していると批判され、挙句には周りから保証金の吊り上げを狙っているとまで言われた、桑名市の赤須賀漁協組合長の秋田清音さんだった。「桑名といえば焼き蛤、どこに行ってもそう言われる。それを捕っているのが自分たちの誇りだった」という秋田さんは、反対に力尽きた後は、堰があるのを前提に、それでもこの地で漁業を続けようと、模索し続けてきた。

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©東海テレビ放送


 <壊滅的になった蛤の養殖>、捕獲制限での資源保護、干潟の作成等、独自の工夫を重ね、家庭を顧みずに寝食を忘れて守った桑名の蛤。何とか盛り返してきたところへ、この問題提起。環境問題という、新しい民意の流れだった。
 「今頃になって、正直ほっといてくれや。わからん人にあれやこれや言うて欲しくない」という言葉に、ドキッとする人は多いだろう。「辛くても(水の供給で皆の役に立っている)と言い聞かせて納得してきたのに、今更堰が役に立ってはいないと言われたら、長年の苦しみや憤りをどこにもって行けばいいのか」という言葉の重さ。誰もが言葉を無くする。

 <最初に見せられた豊かな自然とシュールな人造物>、両者が並ぶこの不思議さこそが、近代日本が抱えている矛盾だった。そういう現実を、たった一人ぶれずに受け止め、しかも諦めずに、生き残る道を模索し続けてきた秋田さん。
<この作品を作った東海テレビ>の阿武野プロデューサーと、共同監督の片木武志監督は、この素敵に頑固な組合長に、「長良川ド根性」と敬意を込めて進呈する。そして、頑固な秋田さんの心をほぐし、ここまで取材できたのは、建設当時の自局の先輩方の、友好的な密着取材があったからと、かっての自局のド根性にも思いを馳せる。社会問題を鋭く提示し続ける東海テレビの姿勢を追う者としては、表題が、制作者たちの、秋田さんや先輩たちのような「ド根性」を、自分たちも無くさないぞと言う、決意のようにも思うのだ。

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©東海テレビ放送

<この作品が問いかけるのは>、この地域の問題にとどまらない。その時々の事情で、地元の暮らしを振り回してきた、政治や私たちの姿勢だ。続行、中止と、時流で政治判断がころころ変わる公共建造物はあとを絶たない。八ツ場ダムが典型的な例だ。
「その時代時代で、政治や行政は簡単にぶれないで欲しい。だけど間違うこともある。間違った時は、ぶれるのを恐れて、誤りを正すのを恐れることもしないで欲しい。ぶれるのは困るけれど、ぶれざるを得ないこともある。そのときの謝り方、対処の仕方に誠意が無くてはいけない。秋田さんが言いたいのはそれだと思う」と、制作者たちは声を揃えた。

 <ちなみに、堰には不似合いな>、ここの堰のきのこ状の形は、水滴をイメージして作られたのだそうだ。この形から、単に利水や治水だけではない。之でこの地を変えるという、当時の行政や制作者の、自然に挑むような、よく言えば意欲、悪く言えば思い上がりを感じるのは、私だけだろうか。それにしても巨大なお金をかけたものだと驚く。(犬塚芳美)

 この作品は、第七芸術劇場で上映中。時間等は劇場まで(06-6302-2073) 
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