太秦からの映画便り

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映写室「爆心・長崎の空」日向寺太郎監督インタビュー

映写室「爆心・長崎の空」日向寺太郎監督インタビュー   
―今なお残る、原爆の傷跡― 

暑い夏がやってきました。この頃になると甦るのが、戦争と原爆の記憶です。「火垂るの墓」から5年、日向寺太郎監督の新作は、そこのあたりを捉えた新しい原爆の映画かもしれません。原作は、芥川賞作家で、現・長崎原爆資料館館長の青来有一氏の「爆心」。6つの作品からなる連作短編を元に、母を亡くした子と、子を亡くした母の二つの物語を、糸を紡ぐ様に手繰り寄せていきます。坂の町長崎には、今もなお、目に見えない形で原爆の爪あとが残っているのだと実感させられました。制作秘話等を日向寺太郎監督に伺います。

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©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ

<その前に、「爆心・長崎の空」とはこんな物語> 
坂の上に住む門田清水(北乃きい)は大学3年生。父母と平凡で幸せな日々を送っていた。ある日、医学生の光太とのデイト中に、喧嘩した母から電話がかかる。無視して電話に出ないまま自宅に帰ってみると、母は心臓発作で亡くなっていた。一方、高森沙織(稲森いずみ)は、娘を1年前に亡くした悲しみから立ち直れないでいる。ある日、二人が街角ですれ違う。

<日向寺太郎監督インタビュー>
―「火垂るの墓」以来で、5年目ですね。今回も原爆が根底に流れていますが。やはり師匠の黒木和雄監督の影響が大きいのでしょうか?
日向寺太郎監督(以下敬称略):なぜかそういう題材が重なりました。意識したわけではないのですが、無意識下で、黒木監督の影響があるのかもしれませんね。この前は向こうから監督を打診されましたが、今回は、原作を読んで是非撮りたいと、こちらから企画を持ち込んでのことです。2009年に俳人の金子兜太さんのドキュメンタリーを撮ったのですが、その時に初めて長崎を訪れ、なんとも魅力的な街に魅せられました。入り組んだ坂道、教会、そして爆心地。一度何もなくなった町に、こうして人々が住んでいることに感動したんです。それだけでなく、金子兜太さんも、この街に行くと創作意欲を駆り立てられるとおっしゃいましたが、目に見えないこの街の何かに強く惹きつけられました。この街をもっと知りたいと思い、帰京後、長崎に関する本を漁るように読んだんです。その中に青来有一さんの「爆心」がありました。どの短編も今を生きる長崎の市井の人を描きながら、被爆地であることやキリシタンの地であることと、この土地固有の記憶が浮かび上がり、そしてその記憶が人々の暮らしに影を落としています。ああ、自分の感じた長崎への思いはこういうことだったのかと、納得しました。黒木さんは原爆の映画を撮りましたが、実体験のない僕の年代では、あの臨場感は出ません。青来さんの原作のおかげで、僕が描ける原爆の映画は、こういう形で、今の暮らしの中に落としている影としてだなあと分かりました。そうこうしているうちに、2011年3月11日がやってきました。いまだに収束していない福島の原発。新たな被爆が起こり広がりつつあります。負の記憶が生まれるかもしれない今、「爆心―長崎の空」を撮る意味を考えました。時間は過去や未来へ繋がっている。今の私達は今まで生きてきた人の末席に連なっているわけで、そういう現代によって、この後の未来は作られるわけです。そういうことも伝えたいと思いました。

―では、青来さんの本をそのまま脚本に起こしていったと?
日向寺:原作は関連した6つの短編からなっているのですが、その中から2編を中心に選び、他の作品も絡めてまとめていきました。北乃きいさんの話はオリジナルです。
―脚本が巧ですよね。最初関連性のない二つの家族の物語が、別々のところで進行し、少し戸惑いました。ところが後半になって、糸が絡むように、色々な人間関係がつながり始めます。サーと視界が広がるというか、まるで手品のようで見事でした。ああ、ここでこうくるかと、映画の醍醐味というか。

日向寺:ありがとうございます。実は物語を二つの家族に絞るのが大変でした。それと原爆を描くのではなく、今の長崎を描けば、原爆とキリシタンという土地の記憶に重なってくるという、原作の肝心なところに集約できたのはよかったと思います。こういうのは青来さんがずっと長崎に住んでいるからこそ書ける物語だと思うんです。まったく個人的な物語が、進むほどに個人の死を超えて土地の物語となり、普遍性を帯びていきます。このあたり、原作の巧みさに助けられています。

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©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ

―役者さんもそれぞれに凄いですね。
日向寺:清水役の北乃きいさんは、撮影中にもどんどん大人になっていきましたね。彼女のまっすぐさがなければ成り立たない作品でした。内的世界を憂いを含んだ瞳や少しうつむき加減の眼差しで表現してくださり、上手いです。透明感があって、これからも楽しみですよね。稲森いずみも映画は久しぶりなんですが、複雑な役を説得力を持って演じてくださったと思います。僭越ですが、年を重ねていい役者さんになられたなあと、思いました。
―体全体から発する憂い、本当に魅せられました。そういう主役の二人を守り立てる脇役、ほんの少しの出番に大物を繰り出して、それにも驚きます。
日向寺:父親役の佐野史郎さんなんて、2回しか出てきません。妻の残したカレーを食べるシーンと、娘の作ったカレーのシーンだけなんです。でも抜群の存在感で、不在のシーですら父親像が浮かび上がります。見事だなあと思いました。
―杉本哲太さん、宮下順子さん、池脇千鶴さん、石橋蓮司さん、それぞれに凄いですよね。
日向寺:はい、それぞれの役者さんが、役を説得力のある印象深いものにしてくださり、監督冥利に尽きます。

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©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ

―問題の青年は、柳楽優弥さんなんですね。すっかり大人になられて見違えました。実は後でチラシを見るまで、柳楽さんとは分からず、(この青年は誰だろう? でもこの存在感は只者ではない。有名な人のはずだけれど?)と、目が釘付けでした。若くに世界で注目されて、苦労されたのが、ここに来て実を結びましたね。鬱積した青年の内的世界が見事に体現されていて、抜群の存在感です。あの重い瞳で物語を一気に自分に持っていきましたね。凄いです。
日向寺:ええ、素晴しいですね。柳楽さんの演じる青年はこの物語の中では異物です。二組の家族は恵まれて育っていますが、複雑な家庭環境がありますから。母親との関係も、ある意味で現代の親子の象徴かも知れず、今の若者の抱える生き辛さを象徴してもらいました。時代の抱える問題、重さともいえます。五島列島の出身というのもみそで、彼の小屋にはキリスト像が祭られていましたが、五島列島は隠れキリシタンの島として有名なのです。地元の、分かる人がみたら分かる事情も表現しています。池脇さんも異物ですが、彼女は長崎にこだわらず、嫌になったら街を出て行く。之も又、今の若者の代弁者ですが、自由なので、柳楽さんの演じる青年ほど内向せず鬱積したものがありません。

―確かに。あの気ままさは強味ですよね。原作の青来さんは、映画を見て何かおっしゃいましたか?
日向寺:良かったと言ってくださいました。この作品は随所に長崎の特徴をちりばめています。北乃さんの走るグラウンドから、天主堂が見えたり、坂を多用したり、観光映画ではありませんが、名所を一杯入れました。そういう意味でも楽しんでいただけると思います。ただ、小屋の焼けるシーンで、時計の針を原爆投下の時間に合わせていたりして、青来さんから、「やり過ぎじゃあないか?」と心配されました。
―すみません、そこまで気がつかなくて。
日向寺:普通はそういうものかもしれませんね。こっちのこだわりで。僕はこの作品で原爆に対する新しい入り口を作りたいと思いました。全面的に戦争を見つめてはいないけれど、住んでいる人々には、あの原爆がいまだに影を落としていることを訴えられたらなあと思います。青来さんは長崎に住んでいるといくらでも書ける。書きたい題材は一杯あるとおっしゃいました。この作品でその一環に触れていただければ嬉しいです。(聞き手:犬塚芳美)

この作品は、7月20日からテアトル梅田、
なんばパークスシネマ にて公開。
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