太秦からの映画便り

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映写室 「北辰斜にさすところ」三國錬太郎さん合同会見

    ―プロデューサーは大阪の弁護士さん― 

 今や死語に近い言葉ですが、旧制高校には「バンカラ」な青年たちが一杯いました。この映画はそんな青春を送った若者の、時を経た再会の物語。途中にはあの戦争もありました。主役の三國錬太郎さんのお話です。
               (2007年12月14日 ウェスティン大阪にて)

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 <三國さんは、戦後東京で開業した医院>を息子に譲り、今は悠々自適の余生を送る上田勝弥の役で、「長年この稼業をやっておりますが、今回不思議なご縁でプロデューサーから出演依頼がありまして。最初は躊躇したのですが、考えてみると彼の馬鹿さ加減は並外れている。付いて行ってみるに値する馬鹿さ加減だと思い、引き受けました。当たるかどうか解らない映画に投資するのは大変危険で、経済行為としては犯罪に近いのです。それを乗り越えて、大阪の一人の弁護士が、あちこちからお金を集め自分で出しと、とうとう映画を創りました。こんな奇特な人は、僕らの仕事にとって太陽のようなもの。でもこんな方法は周りの支援者がいないと浸透しません。文化活動というのは生きる基本ですから、彼の馬鹿っぷりを理解いただいて、ぜひこんな事が続いて欲しいのです。」とあのダンディなお顔で、冗談交じりに話される。


 <物語は昭和11年に主人公の勝弥>が旧制第七高等学校(現在の鹿児島大学)へ入学した頃と、同窓会の準備をする現在とを行き来して進みます。来年野球部創部100年で、五高(現熊本大学)との因縁の試合があるというのに、伝説のピッチャーの勝弥は出席を渋る。仲間や家族は訝るのですが、そこには言えない訳が…。
映画の主人公同様、この年代の誰もが戦争の影を色濃く引きずっています。三國さんご自身も中国への出征経験を持ち、千数百人にも上った所属部隊の内、再び祖国の土を踏めたのは数十人だったとか。そんなご自身の戦争体験と役の重なる所を伺おうとしたのですが、この主人公同様やすやすと口に出来るものではないのでしょう。やんわりと話題をずらしてお答えになります。又収録の後で亡くなられましたが、この作品には同級生役で北村和夫さんも出演されていて、「今村昌平監督を囲む仲間で、渥美清さんとかと一緒に朝まで酒を飲んだ。彼は抜きん出た人で、どんな時も弱音をはかず自分の中に止めていた。人の話を聞かなかったけれど、とても可愛い人だった」と懐かしむ様に話されました。


 <4,5年前からご自身の演技が変わってきた>そうで、「80代の演技者として演じる役目がある。ギラギラした物を出すより自然体で社会の矛盾を観客に示して、考えてもらう演技がいいと思う。若い頃のようなラブシーンは、今も4,6時中求めてはいるが、現実にはもうやれない。とは言っても、体の中に燃焼するものを保持させないと芝居が出来ない。伝えたい物が無くなると役者の本質が薄れそうで怖く、エネルギーの保持を心がけています」と何処までも追求する姿勢は崩れません。「僕は大陸から帰ってきて、偶然俳優になって木下恵介監督に育てられた。市川崑監督、大島渚さんと色々な名匠の良心に応えながら作品を作ってきて、大変恵まれた俳優人生です。でもこれからの人はそんな訳には行かない。自分でそういう対象を探して付いて行くしか方法がありません。優れた才能の玉が爆発物になるのです。時代を突き抜けるそれを見つけないといけない」とも。
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©2007映画『北辰斜にさすところ』製作委員会

 <ラベンダー色のセーターが似合って>、品のいいセクシーさをかもし出す三國さんですが、1923年生まれですからもう84歳。何時までも元気でお若い秘訣を「入院している友達がお見舞いの品を回してくれる。それで生きてるようなもので、健康の秘訣はおねだり上手ですかね。犬は何代目かが生きていますが、独り言のはけ口で可愛がる事が楽しみです。でも別れが辛いので次はもう飼いたくない。末路を見れるという自信がないと飼えません」と冗談を交えて話されます。昔から喜劇がお好きだったようで、「演劇は大衆演劇が本来のもの。僕の喜劇の理想は藤山寛美さんだけれど、彼の芝居は人の邪魔をしない。今は芝居が他の人の事を考えない個人演劇になっている。自分が主役だと思うのは大きな錯覚で、他人こそが主役だと思うのが大切なのでは。そんな動きに対して何か出来ないかと思って“釣りバカシリーズ”をやっている。でもあんなに神経を使ったから、寛美さんは長く生きれなかったんだなあ」としばし回想。
 <神山征二郎監督とは「三たびの海峡」(‘95)>、「大河の一滴」(’01)に続いて3作目で、「社会問題が彼にとっての大きな土壌だと思う。彼の演出は穏やかそうに見えるけれどあれは芝居では。師匠の新藤勝人を見れば解る」と、監督と主演俳優が才能をぶつけ合う丁々発止の関係を覗わせました。こんな風にユーモアを交えて、時には質問者をやんわりと煙に巻きながらの会見でしたが、これこそが老人力と言うもの。見事な俳優人生の円熟期かと思います。


 <さてこの映画ですが>、三國さん演じる勝弥の若い頃に扮するのは、本作が映画初出演の和田光司、勝弥に多大な影響を与える寮の先輩草野には緒形直人。他にも、今となってはもう見れない旧制高校のバンカラな若者が一杯出てきます。だみ声の応援歌、ひしゃげた帽子にザンバラ髪、下駄とそのバンカラ振りが素敵でした。三國さんの息子役に林隆三、その息子役に林さんの実の息子林征生が扮するのも見所でしょうか。でもこの映画の主人公は、そんな人物以上に旧制高校の空気感とそれを曇らせた戦争かもしれません。
 <そんな物語に惚れ込み>、弁護士と言う本業を抱えながら映画制作に乗り出したのが、三國さんが再三畏敬の念を話された廣田稔さん。ご自分だけでなく「伝えたい思いがある。伝えたい志がある」との熱い思いで、多くの方に働きかけメセナとして賛同者を集めました。「正攻法のそんなやり方で今時映画を作るなんて」と呆れながらも、三國さんを動かす原動力にもなったのです。これも一種のバンカラさ、作中の草野に通じる心意気を感じました。プロデューサーの思いに応えて地元の皆さんも多数協力、思わず零れる涙の向こうに、そんな手作り感が匂い立つ温かい作品になっています。


<注釈>
 旧制高校は今の大学にあたる教育機関で、卒業すると帝国大学へ進学出来る為、飛び切りのエリートが集まった所。戦後の教育改革で廃止になるまで、全国に38校あった。新入生はほとんど寮に入り共同生活を送ったが、それぞれの校風を表現するのが寮歌で、「北辰斜にさすところ」は映画の舞台となる、鹿児島の七校造士館の寮歌に由来する。


   関西では、1月5日(土)よりテアトル梅田で、
          1月26日(土)より京都シネマで公開。

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