太秦からの映画便り

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あの空をおぼえてる

映写室 「あの空をおぼえてる」監督インタビュー(後編)      
―冨樫 森監督に伺う製作秘話―

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(C) 2008「あの空をおぼえてる」フィルムパートナーズ

(昨日の続き)
―この幼さでもう魔性を感じました。こんな娘がいたら父親は可愛くてたまらないでしょうね。それに時々英治と年齢が逆転するようにも見えて。
監督;里琴ちゃんは先日のこの映画のイベントでも竹野内さんにくっついて甘えてましたね。年齢については女の子とはえてしてそういうものですよね。「お姉ちゃんっぽく振舞っちゃうんだよね」くらいの話はしました。ただ子供は朝とか調子が出なくて駄目な時があるんで、僕がするのは元気ないつもの里琴ちゃんになってもらう様に誘導というか後方支援ですね。でも彼女が強い分だけ何時までも出ていると印象が強過ぎて儚さが出ないので、編集で出てるシーンをだいぶ切りました。原作は彼女の死後の英治の手紙という形なので絵里奈は回想で登場しますが、親しい人が死んだ後で登場するのは回想じゃあないんじゃないか。今も其処にいるように感じるのが本当じゃあないかと思って、そんな風に演出しています。でも死んだ人がいる様に作るというのは難しくて編集でも最後まで迷いました。

―水野さんの怒りっぷりもカッコいいですね。母親になって心底怒ってますね。
監督:口から涎を垂らしたりしてね。「貴方が殺したのよ!」って言って泣きながら飛び出して来る。僕はあのシーンで泣けるんですよ。でもさすが役者さんで、カメラやその場面では母親そのものでも、其処を離れると途端にスーッと素になるんです。あのシーンの後も飛び出した勢いのまま詰め物をした大きなお腹をどーんとふざけてマネージャーさんにぶつけたりしてね。皆笑いを堪えたけど、この切り替え役者さんて凄いなと思いました。
―画面からは想像できません。ところで娘と父親の関係というのはこんな物でしょうか。
監督:こんなもんだと思いますよ。男女を問わず、どうしても次の子供が生れるとそっちに目が行って上のこの方はそっちに愛情があると思うもんです。親から見るとそんな事はないんだけれどね。だから父親が「どうして絵里奈だったんだ」と言ったのはどうしてうちの子がという意味なんだけど、それを聞いた英治が「どうして死んだのが英治じゃあなくて絵里奈だったんだ」という意味だと思ったというのはよく解る。この話の大きい所は妹が死んだだけじゃあない。二人が一緒に行って自分は生き残り妹だけが死んだ。自分が生き残ったのは何故なんだろう。僕は何故生きているんだろう、自分が死ねばよかったと思って生き続ける男の子の思いがテーマなんですね。しかも父親も二人だけで行かせた事に責任を感じている。そこから人は何で生きているんだろうという普遍的な命題に突き当たるんです。硬く言えばですがね。英治は臨死体験もしていますし。

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―そういえば臨死体験でトンネルが出てきますが。
監督:いろいろな臨死体験をした人の話を調べてみると空へ行く前に必ずトンネルをくぐっている。暗闇から出て後でふわっと抜ける。子供が生れる時の産道もそうですしね、トンネルは生と死を分ける境目なんですよ。映画ではあのトンネルの向こうに消えていった絵里奈というイメージで統一しています。
―そしてラストシーンに繋がると。
監督:この映画のテーマは大きく言うと家族の再生です。少年の成長の物語ではありません。むしろ彼は最初から大人で一家を元気付けようと健気に振舞っている。自分は父親の「どうして絵里奈だったんだ」という言葉を聞いてショックを受けながら生きてきたんだというのを、父親に言えてやっと普通の子供になれた。それまでは別の時空を生きていたんでしょう。彼が子供に戻って素直に親の愛情を受け、元気に走り回れるシーンが必要だった。それがラストシーンです。
―そんな映画を撮られて、監督ご自身何か変られましたか。
監督:家の電話が鳴るとびくっとするようになりました。子供のいない時の電話は怖いね、何かあったんじゃあないかと思うから。携帯はそんな事ないけど。交通事故はたいてい家への電話の「〇〇さんの御宅ですか、こちらは〇〇署ですが…」で始まるんですよ。やっぱりこういう映画を撮ると交通事故とかをどうしても考えますね。この映画は竹野内さんとか子供を含めたファミリーの映画で、それを楽しんでいただいたり久しぶりの竹野内さんをスクリーンで観たい方やそれぞれのファンの方等に観ていただきたいけれど、それと同時に家族の箱を借りて大切な人を亡くしたらどうなるかを描いているんです。誰でもが何時か離れる事を思うと、たいした事のない平凡な日常が大切で愛しく思えてくる。映画をごらん頂いてそんな事をちらっと思っていただければ幸いです。

―この頃の邦画は日常の些細なものを描いたりこのような大作までと色々ですが。
監督:僕は作家ではないので、信頼できる優秀なプロデューサーと組んで一緒に作る形が好きです。映画を観た後で監督の顔が前に出るのは好きじゃあない。むしろ顔を消したいと思う。観客が登場人物と同じ気持ちになって泣いたり笑ったりしてもらうのが好きなんです。そうは言っても機会があれば変った物を撮るかもしれませんが、それでも監督色よりも登場人物が強いほうが好きですね。映画は共同作業なので、プロデューサーに始まり色々な分野の皆さんに助けられて作ります。現場でもそれぞれの専門領域は僕には解りませんから、信頼できるその分野のプロに任せている。今回も役者さんやスタッフ等皆に助けられて作りました。そんな映画作りのファミリーの匂いもこの映画に映っていると思います。ぜひ大勢の皆さんに御覧頂きたいですね。

<インタビュー後記:犬塚>
 拙く生意気な質問に丁寧にお答え下さいまして、有難うございました。寛大な監督に甘えさせていただけた事を心からお礼申し上げます。冨樫監督は初対面の私にもそんな事をさせる懐が深く丁寧な方で、そんなお人柄に惹かれて、役者さんもスタッフもわが身を奮い立たせ後一歩の高みを目指すのではと想像しました。作品から顔を消すという謙虚さが又監督の自信でもあり作風でもあって、出演者誰もが映像の中で自然に存在しています。監督の目論見どおり、時にはカッコいい竹野内さんのうじうじと自分を責める父親に感情移入し、時にはお母さんの水野さんになり、やっぱりそれ以上に今や誰もが認める名子役、広田亮平君の健気な英治になって胸をジーンとさせました。お転婆でエキセントリックな少女をきらきらと演じる古田里琴ちゃんの今この時の煌きも見逃せません。映画館にはハンカチを用意して出かけてくださいね。
 ところでこの映画はテーマ以外にも見所が一杯。舞台になるこだわりのお家も素敵ですし、爽やかな風を感じる地方都市の空気感や、お洒落な暮らしぶり、ポップでカラフルな映像、それに何より素敵なファミリーが見所です。悲しい題材を扱いながら、観終えた後に残るのは鮮やかな色彩の生きている素晴らしさや再生の力。風船を飛ばした爽やかな風の匂いが残っています。


    4月26日(土)より全国ロードショー
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コメント


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冨樫監督の、穏やかでかつ自信に裏づけされた確実なお仕事振りに感動しました。いろいろなタイプの監督さんがいるけれど、今こういう方は貴重なのではないでしょうか。誰もが我も我もと前に出ようとする時代です。

素浪人 | URL | 2008年04月25日(Fri)07:45 [EDIT]


そうなんです。でもそれだけに物静かで、インタビューで舞い上がって、厚かましい事ばかり伺い、後で落ち込みました。帰り道で色々複雑な言葉の裏に気付き、人としてまるでレベルの違う方にと、反省しきりです。

映画のツボ | URL | 2008年04月25日(Fri)21:59 [EDIT]


 

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