太秦からの映画便り

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ラフマニノフ ある愛の調べ

映写室 NO.150 ラフマニノフ ある愛の調べ     
 ―作曲家とピアニストの狭間で―

 両側にうっそうと茂るライラックの間の細い道を、一人の少年が小枝を揺らしながら駆けていく。カメラが彼の後ろを何処までも追うと、やがて向こうに広がる庭と池と大きな屋敷。気が付くとスクリーンには小枝の揺らぎの残像や、零れる様なライラックの白い花の甘やかな香りが立ち込めている。多分、主人公が始終回想していた幼年期の思い出なのだろう。鮮やかでかつ強引な導入テクニックが見事で、全編に残像のライラックの花影とロシアの憂鬱が漂い、芸術家の創造の苦しみとその誠意、そんな彼を側で支えた妻の誠意が胸を打つ作品です。

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(C) 2007 THEMA PRODUCTION JSC (C) 2007 VGTRK ALL RIGHTS RESERVED

 <ロシア革命を逃れて、45歳でアメリカに亡命した>セルゲイ・ラフマニノフは、新しい地で成功を収めながらも、終生故郷を忘れる事は無かった。高度な技巧を要し、繊細で格調高い彼の音楽の本質を探れば、祖国ロシアに行き着くという訳だ。
 <亡命後始めての演奏会での事>、ラフマニノフはバルコニー席のソ連大使を見つけて、演奏を躊躇する。一役買ったのはカーネギーホールの大観衆で、激しいブーイングで大使を退席さすと、素晴らしい演奏が始まり割れる様な喝采が会場を包む。こうして大成功のうちに全米ツアーが始まるが、望郷の思いと曲が出来ない苛立ちで本人は衰弱するばかり。心配する妻や興行主のスタインウェイもなす術が無い。
 <失意の彼がロシア時代の回想に>逃げ込んだ様に、映画は彼の憂鬱に寄り添い、アメリカでの暮らしとロシアでの思い出を交互に映して、この天才の半生を浮び上がらせていく。新天地での戸惑いや生活の重さ、自分の思いと大衆の求めるものが乖離し、だんだんそれに流されていく荒立ちを描くあたりは、ものを創る者ならば身に詰まされるだろう。

 <1873年にロシアの裕福な家庭に生まれたセルゲイ・ラフマニノフ>は、幼い時から才能を開花し、12歳でモスクワ音楽院に入学する。父親が破産した後も、高名な教授に見出され英才教育を受け、チャイコフスキーとも交流があった。ただし、教授からピアニストに専念するように言われながら、作曲家の道を諦めきれず破門されたり、最初の作品の発表会に失敗したりして、失意から精神を病むようになる。彼の紡ぐ音楽のように神経も限りなく繊細だった。
 <それを支えたのが従妹のナターシャで>、冒頭のライラックの奥のあの屋敷で一緒に遊んだ少女だ。彼女は後に彼と結婚し大きな愛で支え続けるのだけれど、繊細な芸術家に寄り添うのは並大抵のことではない。エキセントリックで情熱的な女性に恋する夫の側で、この妻は母性に徹している。悲しい事に平穏な家庭からは彼の音楽は生まれないのだ。ナターシャは彼にとってマネージャーであり母親であり、タフな、まさに揺るがない祖国そのものの人だった。いや最初からそんなはずがなく、天才の側で暮らして彼を守る為にそうならざるを得なかったと言うことだろう。創造の女神の罪深さ、妻も又それを知る人だったということだろうか。
 <しかもこれほどロシア的な芸術家なのに>、やがて革命が芸術家にとって何より大事な自由を奪い、祖国を捨てさせる。いつも恋うものから遠くにいたのがラフマニノフのようだ。だからこそ、その恋う思いを鍵盤に載せた訳で、芸術家とはそもそも不幸であってはじめて成立するかのような一生が続く。

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 <ここまでの事情を知らなくても>、プーチンに良く似たラフマニノフは顔立ちからしていかにもロシア人だし、佇まいや格調高い独特の音色にも濃密にロシアの香りがする。歴史のあるロシアの豊かな文化遺産を体現する音楽家なのだ。アメリカに亡命しながら、アメリカに馴染めないそのロシア的匂いこそが私達を惹き付ける。それに長い指を酷使した超人的な演奏と技巧的で難しい曲は他の追随を許さず、ピアニストとしても作曲家としてもファンが多いけれど、両方に秀でていたからこそ本人はいつも苦悩の中にいた。この作品は、ピアニストと作曲家の狭間、祖国とアメリカに来た自分、創作と生活を支える事の狭間で揺れ続けた、彼の苦悩を綴っている。その苦悩や惑いこそが、体制の大きく変わったロシアが内蔵するもので、私達にはロシアの憂鬱と映るのだと思う。

 <ところでラフマニノフの演奏会には、何処で開かれようと必ず>、白いライラックの花束が届けられたと言うのは、あまりに有名な話だ。彼はその花にかき立てられ、もう一度瑞々しい演奏や作曲に挑んでいくのだけれど、肝心の花束の送り主は不明で謎に包まれている。この作品はそこに大胆な解釈を加えて、物語を展開していく手法だ。
ライラックへの思いをこれほど知っているのは、身近な人には違いないが、愛する人ではあっても愛される人ではなかった妻への優しい解釈は、少し完結し過ぎている様にも思う。ここに新たなミューズがいたとしてもおかしくはない。

 <ロシアとは不思議な国だ> 文学もだけれど、音楽バレエ等の文化度では他の追随を許さない。歴史と広大な土地、厳しい自然、それ以上に長い帝政時代が豊かな階層に膨大な文化遺産を降り注いだ。町のそこ彼処に創造の源が転がっているのだと思う。文化は過剰さや制約、鬱積したものからこそ生まれる。自由な新しい国にはそれが希薄な事を知っていたら、はたして彼は亡命したのかどうか。物語以上に、ロシアと言う国の力、詩情、文化とはどんな地で生まれるかと考えさせられた作品だった。
 全編に流れるピアノ曲が美しい。その音も繊細で華麗と言うよりは根幹の正当性に根ざす格調のあるロシア的な響き。ピアノ好きやラフマニノフのファンには堪らないだろう。余白に漂っているロシア文化の匂いに魅せられる作品です。

  東京で公開中、5月17日(土)より関西でも上映

<ディープな情報>
 ラフマニノフで一番有名なのは1901年に発表された「ピアノ協奏曲第2番」。初演でも喝采を浴びたが、43年の彼の没後も「逢引」(45)や「7年目の浮気」(55)等で使われ、日本でも最近「のだめカンタビ―レ」で使われて再び脚光を浴びた。「シャイン」では「ピアノ協奏曲第3番」が世界一難しい曲として登場する。
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