太秦からの映画便り

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山桜

映写室NO.153山桜    
  ―藤沢周平の世界を蘇らせる匂やかな二人― 

 時代劇なのに今の空気感も併せ持つ作品に出会った。篠原哲雄監督が、田中麗奈と東山紀之を迎えて、藤沢文学では珍しい若い女性が主人公の物語を、匂やかに仕上げている。現代的な容姿の二人なのに、鬘と着物を付けると香り立つ古風さ。脇を固める俳優陣の熟達な演技もあり、スクリーンの中には、表題の通り、まるで武家社会に咲いた「山桜」のような気品とほのかな甘さが漂う。庄内平野の美しい自然と共に、時代を超えて、真摯に生きる人々の姿が胸を打ちます。

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(C) 「山桜」製作委員会

 <舞台は江戸後期の海坂藩。まだ20歳過ぎなのに>、最初の夫に先立たれ、二度目の嫁ぎ先には「出戻り」と蔑まれて辛い日々の野江(田中麗奈)は、叔母の墓参りの帰りに満開の山桜を見つける。手が届かないでいると、「手折ってしんぜよう」と声がした。手塚(東山紀之)で、以前縁談があった相手だ。「今はお幸せでござろうな」と問われ、「はい…」と答えると「さようか。案じておったが、それは何より」と微笑んで去って行く後姿を、野江は何時までも見ていた。

 <野江を見初めた手塚からの縁談を>、母一人子一人の家に嫁ぐ娘を心配した両親が断ったから、野江が手塚を見たのはこの日が初めて。顔を合わせていたら結婚していただろうに、幸せはその手をすり抜けて、取り返しの付かない所まで来ていた。
 始まってすぐの上のシーンで、観客はもうこの二人の運命を予感するけれど、封建時代の、しかも嫁ぎ先で下働きのように扱われる若い女と武士の間のこと、再び絡むまでには時間がかかる。この偶然の出会いは幻の様でもあり、重大な決意をする直前の手塚と健気な野江に、神様が未来を手引きしてくれたようにすら思う。
 <二人が一緒に登場するのはこのシーンだけで>、この後私たちは野江の思いに重ねて、手塚の面影を探ることになるのだ。辛い日々を耐えれば耐えるほど、手塚へと思慕は募っていくわけで、そのあたりを田中が清らかに匂やかに演じ、時に感じる幼ささへ初々しさに転じる。揺れながらも思いを募らせる野江の風情が、今の私たちの共感を呼び、物語に時を超えさせた。時代劇の世界に、今の観客を自然に導入する力になっている。

 <野江はこれ程の両親の下に生まれながら>、この時代の女の常で、人生は夫しだい。結婚運に恵まれず苦労を重ねている。優しい母でさえ娘に帰って来いとは言えない。苦労を見ながら、それでも辛抱すればいい事もある、一人で生きるよりもいいだろうと、娘の幸せの為に思うのだ。だからこそ、離縁されて柳行李一つに荷物を纏め、細い体で背負って、爺や一人に見送られ婚家を出る姿が涙をそそる。野江には温かく迎えてくれる家があるけれど、それの無い女たちはどうやって生きたのだろうと、この時代の女たちに思いを巡らせた。

 <似合ってはいても、田中の着物姿が時代劇の空気感>を持つわけではない。でも周りがしっかりと固めると、それすらも観客との接点や見易さになるから不思議だ。テレビ等で時代劇の経験が多い東山の武士姿は端整で美しい。真っ直ぐな眼差しと立ち姿が、すでに時代劇の世界感を持ち、手塚役に相応しい風格を放つのだ。農民の苦境を見かねて一人で謀反を起こすシーンも、首謀者こそ切り捨てても周りの者はむね討ちで倒す等の仕種が流れるように美しく、立ち回りに精神性が見える。出番が多いわけでもなく台詞も少ない手塚がこんなに印象的なのは、野江の視点と言う物語の構成上だけでなく、演じる東山自身の存在感があるのだろう。

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(C) 「山桜」製作委員会

 <ところで、物語は終盤思わぬ展開をする> 一人っきりで孤独な人生だったと思っていた叔母だけれど、独身を通したのは、結婚直近の許婚を亡くしたからだと知る。寂しいどころか、一人の人を思って自分の意志で選んだ、ある意味幸せな人生だったのだ。
山桜の下で手塚と出会うきっかけを作った叔母が、今度は生き方で野江の背中を押す。再び満開になった山桜の一枝を手折って野江が向かったのは、留守宅を一人で守る手塚の母親(富司純子)の元だった。
 <いつもの事ながら、富司が素晴らしい> 一度は縁談を断った野江に「貴女はきっとここに来てくれると思って待っていたのですよ」と告げる顔に溢れる慈愛。牢中の手塚を誰よりも気遣う二人が、こうして身と心を寄せ合っていく。短い出番でこれほどこの役に説得力を持たせるのは、卓越したものがあっての事。東山と言い、富司と言い、役の向こうの役者の存在感の放つ光は強い。檀ふみ、篠田三郎の演じる両親も慈愛に溢れていて、野江だけでなく観客までを温かく包むのが見事だった。

 <ラストシーンがいい。まるっきり楽観は>させないものの、雪国の春に重ねて、ほのかな幸せの兆しを予感させて止めている。描き過ぎず、かといって観客に委ね過ぎずに提示するものこそ、篠原監督の慈愛だと思う。観終えた後はなんとも暖かい。野江や手塚に会いに、「山桜」を探しに、庄内へ行きたくなった。


 6月7日(土)より大阪 テアトル梅田/MOVIX堺/MOVIX八尾
           京都 京都みなみ会館
           神戸 OSシネマズミント神戸で上映
      続いて、奈良 橿原シネマアークで近日上映予定


<少し横道に>
 庄内平野の美しい雪景色から雪解けのせせらぎや下萌えの頃、そして大きな満開の山桜と、まるでこの物語を暗示するような、季節の移り変わりを早回しで映して始まる。藤沢周平の世界感には、庄内のこの自然も大きな役目を果たしているのだ。
 故郷を舞台に、武家社会の傍流を静かに生きる男たちを暖かい眼差しで描く、藤沢周平のファンは多い。よく映像化され、映画は本作が5作目となる。いつも鳴り物入りで宣伝されてテーマ的にも大作が多いが、野江の視点に寄り添って描く本作はその中では小品。でも私はこれが一番好きだ。この動きの早い時代に、様式美で支配される時代劇を違和感なく観てもらう為に、時代感と一緒に今の空気を流すと言う大変な命題も、一番自然にクリアーしていると思う。時代劇を観ながら、それ以上に時代劇なのを忘れて、野江と手塚の慎み深い恋の行方を追っていた。  (犬塚芳美)

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初期の記事は

ジャーナリスト・ネットのサイトから消えた映写室の古い記事も、船越氏のサイト(映写室のインデックス)から閲覧できていたのに、NO.100位までがサイト上から消滅している事に気付きました。

今別のサイトでバックアップ中です。総て完了したら本文でお知らせしますが、途中までなら、このサイトの左リンク先の(Journalist-net 映写室 バックナンバー)で御覧いただけます。

犬塚 | URL | 2008年06月04日(Wed)08:01 [EDIT]


武家文化とは山桜

久しぶりに情感のあるいい時代劇を見た。初々しい主人公を守り立てるベテラン勢がよかった。もっと若い観客に見てもらいたい。

T.K | URL | 2008年06月26日(Thu)23:30 [EDIT]


この作品素敵だったと色々な方がメールを下さっています。劇場で見ていないので観客の層は解らないのですが、今時代劇は若い世代に厳しそうですね。嵐の松本君の出た作品すら、若い観客が少なくて…。
山桜を心を込めていけるシーンが2度ありますが武家屋敷の凛とした空気によく似合っていました。来春はもっと思いを込めてこの花を見つめそうです。

犬塚 | URL | 2008年06月28日(Sat)07:45 [EDIT]


 

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映写室NO.153山桜:犬塚芳美

    ―藤沢周平の世界を蘇らせる匂やかな二人―  時代劇なのに今の空気感も併せ持つ作品に出会った。篠原哲雄監督が、田中麗奈と東山紀之を迎...
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journalist-net | 2008年06月05日(Thu) 07:42


 
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