太秦からの映画便り

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映写室 NO.154アウェイ・フロム・ハー 君を想う

映写室 NO.154アウェイ・フロム・ハー 君を想う
    ―サラ・ポーリーの初監督作品―

 「死ぬまでにしたい10のこと」や「あなたになら言える秘密のこと」等、出演作ごとに独特の存在感を示すカナダの女優サラ・ポーリーが、長編初監督に挑んだ。アルツハイマーになった妻と夫の物語と言う、人生観や大人の視点を要する物語に、若い監督とは思えない心理描写の細やかさと卓越した美意識で臨んでいる。主演は「あなたになら…」でサラの主治医に扮したジュリー・クリスティで、年を重ねた彼女の燻し銀のような美しさも見所だ。老いに向かう夫婦の愛が、時に切なくカナダの美しい自然をバックに浮き上がってくる。

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(c) 2006 The Film Farm/Foundry Films/pulling focus pictures Inc.

 <オンタリオ湖沿いに住む、結婚して44年の夫婦>は困惑していた。この頃妻(ジュリー・クリスティ)がフライパンを冷蔵庫にしまったり、ワインが何かを忘れたりするのだ。スキーに出て家への道を忘れると、躊躇う夫(ゴードン・ピンセント)を説き伏せ自ら介護施設に入る。1ヶ月後の面会では夫が誰だか解らない。しかも、まるで恋人のように見知らぬ男の世話をしている。夫は妻が自分に復讐しているのではと疑う。

 <原作はアリス・マローの短編小説「クマが山を越えてきた」>で、飛行機の中でこの本を読んだポーリーが感動して映画化を決意。主人公にジュリー・クリスティを当て書きして、自らが脚本を書いたと言う。ポーリーは私にとっては気になる女優で、新作が届くと観ずにはおれない。透明感や不確かな今の時代を匂わせる容姿と自立心、知性的な眼差しが忘れられず、女優としての作品選びからして主張を感じるから、監督業は成るべきして成った道なのだろう。20代の若さでここまでの仕事をと驚くが、神様は志や溢れる才能にとことん味方するものだと思い知らされた。

 <この高齢化社会のこと、アルツハイマーは>誰もが避けては通れない問題だけれど、老人とはとても言えないジュリー・クリスティが演じると違ったニュアンスが出てくる。悲惨な日常以上に、壊れていく悲しみに本人や周りの愛を絡めることが可能なのだ。そこが新しさで若い監督ならではの視点だけれど、カップルにとってのこの病気の本当の悲劇は何かを直視させる。アルツハイマーの話ではあっても、それを超えて、人生や夫婦とは何かを愛の角度から考えさせられた。
 <いやこの映画が訴えるのは>、それ以上に美しく老いる事の大切さかもしれない。クリスティはそれほど美しく、役の向こうに彼女の豊かな人生が透けて見える。でもアルツハイマーはそんな人にすら起こるという悲劇、こんな妻が病気になったら夫の心は又別の揺らぎを見せるというもの。老いに向かってはいても、心はまだ老いを受け入れていない生々しさの中の夫婦、黄昏時の惑いというか、男と女の残照があるからこそ別の悲しみが湧き上がるのだ。人はこんな風にして1歩1歩男や女でなくなり、枯れた境地に辿り着くのだろうか。複雑な心情を演じ切ったクリスティは、本年度のゴールデン・グローブ主演女優賞を受賞している。

 <女性がアルツハイマーになって夫が看病する話は>、色々作られてきた。特に邦画の「そうかもしれない」は、夫の視点で壊れていく日常生活をリアルに描き、観るのが辛かったけれど、この物語は心情的には残酷でも、アーティステックな美しい映像に救われる。雪原のスキーの跡はこれまでの道のりやこれからも続く人生を暗示するし、広い雪原は寂しく、その中にぽつんと取り残されたような戸惑いと寂寥感がこの妻のものかもしれないと想像がつく。でも冬の木立に絡む光は美しく、ポーリーは、老いも自然の摂理、いつの日か人は大地に同化するんだとでも言いたげに、カナダの澄んだや空気や光を繰り返し映して見せるのだ。限りある生、人生の向こうがこの美しい自然だと思うと老いも受け入れやすい。

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(c) 2006 The Film Farm/Foundry Films/pulling focus pictures Inc.

 <側で見ていると一番辛いはずの>、自分がおかしいという自覚すらしなくなる過程は、構成上1ケ月飛んでいる。施設に入った日に妻に懇願されてベッドを共にした後再会すると、妻はまるで壊れていく恐怖から逃れるように、正常な域から出て向こうの世界の住人になっていたのだ。私が思わずこう書いたように、最後の日の記憶があるからこそ、夫も妻のここまでの急激な痴呆が信じられず、自分の過去の浮気への復讐なのではないかと半信半疑になる。疑う事で希望をつないでいるように見えなくも無い。
 <自分を置き去りにして、向こうで新しい恋に>生きようとする壊れた妻を、傷つきながら毎日通って眺めずにはおれない夫の孤独。この時期のぽつねんと佇む夫を、哀れむような眼差しで見つめるスタッフに、リアリティがあって痛々しい。夫もこの事実を受け入れざるを得ない時期だった。余談だけれど、施設に入るのは、世間を絶ちあがらってもしかたのない運命を受け入れさせるプログラムかもしれないと、この映画を観て思う。

 <物語は終盤意外な展開を始める> 恋人気分で世話を焼いていた男が退所すると、妻は一気に痴呆が進む。このままでは命も危ないと案じた夫が、いわば恋敵の男の自宅を訪ねると、男の妻はお金が続かないから自宅療養に切り替えたと言う。このあたりは、夫の迷いのままに時間軸を交差させて少し観客を混同させるから、集中して観ないと取り残される。そして連れ合いを看病する二人に新たな関係が生まれるのだけれど、女が生きる為に自分の前にある可能性を積極的に掴むのに対し、男は成り行きのようなもの。生きる手立てが出来て晴れ晴れとした女に対して、主人公の夫の気持ちは中途半端なままだ。観客が半信半疑だったように、この関係はまだ揺れている。
 <外の二人が自分たちから異性としての心を離して>歩こうとした時、中にいる妻はどうするのか。ラストの4人の物語はさらに混乱して、この病気は行きつ戻りつなのを教えられる。人生はこの自然のように美しくもあり時に寂しい。やるせない話だからこそ、大好きなカナダの光に包んで美しく見せたいというサラ・ポーリーの思いを感じる。老いとそれを包む自然への、監督の澄んだ眼差しが印象に残る作品です。(犬塚芳美)

  この作品は6/7よりテアトル梅田で上映中
         6/21(土)よりシネ・リーブル神戸、シネ・リーブル神戸
         順次〜京都シネマにて上映予定


<ちょっと横道に>
 ジュリー・クリスティがたおやかで美しい。若い女優では太刀打ち出来ない卓越した美しさで、年齢が深みや味わいになっている。さすがにウォーレン・ベイティと浮名を流した女優だと、昔の噂話を思い出した。プレイボーイで鳴らしたウォーレン・ベイティは、本人も素敵だけれどそれ以上に女性の審美眼が良い。今の夫人のアネット・ベニングとか、付き合うのは、美しさはもちろん抜群のセンスと、生き方に知性や意志を感じさせる女性ばかりだ。彼と付き合っていたと聞くと、私には素敵な女性のブランド力にすらなる。そんなクリスティが、淡いトーンで揃えた上質でシンプルな服をさらりと着こなす前半が素敵なのだ。カナダの知識階級が好んでするファッションで、周りに澄んだ空気を感じて、こんなコーディネートは白い肌と金髪とこんな光にこそ映えるのだと実感した。
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journalist-net | 2008年06月18日(Wed) 07:38


 
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