太秦からの映画便り

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映写室 「いま ここにある風景」合同会見(前編)

映写室 「いま ここにある風景」合同会見(前編)
 ―写真家のエドワード・バーティンスキーさんに伺う人類の危機―

 北京オリンピックを目前に、凄まじい勢いで変貌を遂げる中国ですが、今この国は、世界の工場としても大きな役目を担っています。地球各地から天然資源を集め、あらゆる工業製品に変えて又送り出していく。その工業製品も、役目を終えると又中国に集まって、貴重な資源が取り出されるのです。今私たちは、海で繋がる地球規模のグローバル化の中で、未曾有の消費文化を送っている。そんな私たちに未来はあるのだろうか。この映画は、そんな警告を発するカナダの写真家エドワード・バーティンスキーさんに付き添って、急激に変貌する中国を旅し、彼の写真の世界を映像に映します。エドワード・バーティンスキーさんに、この映画やご自身の写真の世界について伺いましょう。

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(6月10日 大阪にて)

<「いま ここにある風景」はこんな8分間のシーンから始まる> 
 向こうが霞むほどに広い工場の中を、移動カメラが横に動いて延々と映していく。もくもくと単純作業をする人間が無数に並び、蟻かロボットのようにしか見えない。外に出ると、両側に立ち並ぶ黄色の工場群。その真ん中の広い道路には、黄色の制服を来た作業員がやはり向こうが霞むほどに大勢整然と並んでいる。まるで未来都市か宇宙だけれど、これは中国の実際の工場で、この国の規模の大きさを思い知らされる。

<エドワード・バーティンスキーさん合同会見>
―中国の巨大さに圧倒されましたが、撮影は何時ですか。
エドワード・バーティンスキーさん(以下バーティンスキー):撮影は2005年春で、カラー撮影はその時のものです。北京へはそのに初めて行ったのですが、オリンピックについての議論が白熱していました。鳥の巣のスタジオを撮りたかったのだけど、何らかの問題で許可が下りず撮れていません。その頃から、オリンピックだけでなく2010年の上海万博に向けて、世界へ発信するエネルギーを感じました。その後は行っていないのですが、2002年から5年の3年間に5回中国を訪問していて、モノクロのシーンはその時に撮っています。
―中国経済の盛り上がりと共に、それとは対照的な取り残された人々の貧しさを感じましたが。そのあたりの格差をどう感じられましたか。
バーティンスキー:経済発展から取り残された多くの貧しい人を見ました。農村から多くの人口が都市部へ流入していく。今中国は、農村経済から都市型のそれへの移行期で、多くの問題が噴出してきた。十何億の国民を養うだけの雇用を作り出すことが、大切な問題になっている。ただこの映像は急激に変貌する中国を写してはいるけれど、中国を批判しようと思ったのではなく、人類がどこへ向かっているのか関心があって、世界各地を回って地球規模で写真を撮っている中の一つなのです。

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COPYRIGHT EDWARD BURTYNSKY

―映画には、バーティンスキーさんの写真からはみ出した人々が映っていますが。
バーティンスキー:私もそれを興味深く見ました。自分が写真を撮っている映像よりも、写真からはみ出した部分に多くのことを感じます。フレームの外の人々の暮らしとか営みに、より興味を覚えました。
―そんな風に人を見るバーティンスキーさんが、どうして人物よりも人の手の加わった風景に興味をもたれるのでしょう。
バーティンスキー:今人間は非常に困難な海に漕ぎ出していると感じています。私が生まれた頃の50年前は、地球の人口は25億だったのに、現在は65億に届きそうで、もうすぐ90億になるだろうとも言われます。地球は凄いスピードで変化している。又、暮らし方も天然資源への依存が大きくなっていて、人間を支えている資源がどこから来ているか、資源は人間を支え続けられるのだろうかと興味を持って、金属や石の採掘場を撮り始めました。人間が資源を取る事で自然にどんなインパクトを与えているかを撮り始めたのです。其処から資源のリサイクルに関心を持ち、それを請け負っている中国へと関心が移りました。映画では其処を映しているのです。そんな視点を持ったのは、私がカナダ人だからかもしれません。カナダは人口3000万人に対して、広い国土があって人が手付かずの土地も残っている。大自然の中で育ったので、自然に人の手が加わって風景を変えることが、人類の希望や価値観を体現してるのではないかとも思いました。多くのアーティストが人間そのものをターゲットにしているが、人の手が加わって変った土地を対象にする者はいない。だからこそ、私はそれを描きたいと思いました。

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COPYRIGHT EDWARD BURTYNSKY

―破壊かもしれないその風景が、大変美しいのはどうしてでしょう。
バーティンスキー:美しくないと誰も見てくれないから美しく撮っているのです。
―実際には美しい風景ではないのですか。
バーティンスキー:もちろん私が、アーティストとしての技術を酷使して美しく撮っているからです。風景をそのまま写したのでは、ゴミ捨て場はゴミ捨て場でしかありません。日の光が強く当たると影が濃くなって細かい所が見えない。柔らかい光が当たる時を捕まえ、風景の細部まで全部が見える、最高の瞬間で撮影している。早朝であったり夕暮れであったり、曇り空であったりという瞬間を捕らえています。
―私たちのように中国と近しい者には見えない中国が映っていますが。
バーティンスキー:中国と日本は地理的にも歴史的にも近しいが、カナダは遠くて東洋の事をよく知らない。カナダ人の私の視点はやはり日本人とは違うと思います。(犬塚芳美)  <明日に続く>

  この作品は、7月26日(土)よりテアトル梅田
        8月2日(土)より第七藝術劇場
        8月23日(土)より神戸アートビレッジセンターで上映
        9月京都シネマで上映予定
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映写室 「今ここにある風景」合同会見(前編):犬塚芳美

 ―写真家のエドワード・バーティンスキーさんに伺う人類の危機―  北京オリンピックを目前に、凄まじい勢いで変貌を遂げる中国ですが、今この国は...
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journalist-net | 2008年07月25日(Fri) 07:14


 
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