太秦からの映画便り

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映写室 NO.157  クライマーズ・ハイ

映写室 NO.157  クライマーズ・ハイ    
 ―1985年8月12日、日航機墜落事故発生― 

 テレビに「羽田発大阪行きの日航機がレーダーから消えた」と、速報のテロップが流れて戸惑っていたら、程なく未曾有の事態に日本中が大騒ぎになったあの夜。早いもので、520名もの命が一瞬で消えたあの日から、もう23年が経つ。事故を知らない世代も増えた今、地元の地方新聞社を舞台に、取材の模様や報道合戦を再現した映画が完成した。原作は、地元紙の記者として事故の取材に当たった横山秀夫(半落ち、出口のない海等)が、自らの経験を元に書いた同名ベストセラー。主役に堤真一を置き、地方紙と全国紙のせめぎ合いや、スクープと報道の良心に揺れる全権デスクの苦悩を描く。暑い夏の悪夢がリアルに甦るが、事故の原因は今も謎を残している。

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(C) 2008「クライマーズ・ハイ」フィルム・パートナーズ

 <北関東新聞の遊軍記者、悠木(堤真一)が>、友人と登山に出かけようとしたその時、通信社の「東京発大阪行き日航123便が、横田基地の北西数十キロの地点でレーダーから姿を消した。長野、群馬の県境に墜落した模様。乗員、乗客は524名。繰り返します…」と言う速報が流れ、編集局は騒然となった。悠木は全権デスクを命じられ、この日から昼夜の無い熾烈な取材合戦が始まる。一方友人は、販売局の激務のせいか、待ち合わせ場所に行く途中でクモ膜下に倒れ、生死の境をさ迷っていた。

 <私のようなテレビを見ていただけの者ですら>、あの事故の衝撃をリアルに思い出すのだから、悠木の様にテレビや新聞等メディアで報道の現場にいた人や、当事者の周辺の人々、あるいはこの前後に飛行機に乗った人等は、この映画の世界がもっと身につまされると思う。現に、試写会にはいつもは来ないような一般紙の記者がたくさん来て、帰り道でこの映画の裏側のあの日の自社の様子を細かく語っていた。
 <85年はバブルの頃>、忙しいエリートサラリーマンが、新幹線ではなく飛行機を使って、東京大阪間の出張を日帰りで始めた頃だ。だから被害者には、お盆前の一仕事を終えて大阪の会社や自宅へ戻る、地位も名誉もある働き盛りの男性が多かった記憶がある。又この飛行機には、「上を向いて歩こう」の国民的歌手、坂本九さんも乗っていて、人の命の儚さに日本中が涙したものだ。

 <映画は、情報を求めて新聞を読み漁った私たちの裏側で>、情報を出した方が、何を目指し何を伝えたくて記事を書いていたかを描いていく。新聞社という特殊な世界の内側が見えて興味深いが、彼らを突き動かすのも一般人と同じ感情で。
 <セクハラ事件の後始末を>悠木の友人にさせたワンマン社長、名物記者、スクープを狙う社会部の面々、日ごろの地元密着性から思わぬ情報を集める地域版の担当者、前もってお金を貰っているからどんな事件があろうと広告をはずせない広告局、時間と戦い時には社内も騙す整理部、時間通りに販売店に新聞を届けるのが何より大事な販売局と、同じ社内なのに立場が違えば大切なものはこんなにも違うと言う見本のような面々が、それぞれの部署の立場を主張して一歩も譲らないのだ。もちろん記者同士の個人的な競争がここに加わるから、社内は混沌としている。記者と言うのは、書く材料を見つけるとこんなにも興奮するものかと、報道への使命感とだけでは言えない習性が可笑しかった。
 <悠木に名誉欲は無いけれど>、それでも地元で起きた大事故を全国紙に抜かれるわけにはいかない。日頃違いを見せ付けられているだけに、意地がある。皆が記者魂に火をつけ騙し騙されの取材合戦、まさに「クライマーズ・ハイ」を味わった瞬間だった。

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(C) 2008「クライマーズ・ハイ」フィルム・パートナーズ

 <現場は山の中、辿り着くのさえ容易ではない> しかも、今の様に携帯電話の無かった頃、通信手段を求めて山を転がるように降りたり、他社の一瞬の隙に無線を借りたりと、時代にはアナログ感もある。裏をかき、出し抜き、締め切りの時間を計りながらスクープを目指す様子が、臨場感一杯に描かれていく。このあたりを、画面を躍動させながらまるでオーケストラの指揮者のように纏め上げる、原田眞人監督の大胆で緻密な演出が頼もしい。監督の大らかさが、作品を広げているのだ。
 <何しろ520名が一度に死んだのだ>、死体の散らばる壮絶な事故現場の取材で、あまりに多くのものを見て精神を狂わせる記者まで出るしまつ。どこまで報道するかと言うプライバシー問題や、他紙より一歩でも抜きん出たいと言う思い、デスクの悩みは尽きない。仕事に夢中で家庭が崩壊寸前の記者たち、それでも事件を追う姿と、この映画はまるで報道記者賛歌のようでもあるのだ。

 <堤真一が頼りがいのある全権デスクを>、この頃ますます増した存在感で、時には熱く、肩の力を抜いてまるで若い記者達の兄貴分の様に演じている。このところタッグの続く、原田監督との信頼関係だろうか、確かな演技力で全体を引っ張っていく様は、演じる悠木に重なり頼もしい。山崎勉、堺雅人、尾野真千子、でんでん等、新聞社の面々の人間模様が、この悲惨な物語に娯楽性を加える。ちょっと過剰でも収まりがいいのは、さすがの実力と言うもの。
 <でもこの映画の主題は>、部下が拾ってきた特ダネを、最後に差し換えようと整理部まで巻き込んで準備していたのに、最後の一点の不明瞭さでとうとう載せれない姿勢だった。周りを取り囲む皆がゴーサインを待つ中で、「チェック、チェック、ダブルチェック」と繰り返し自問して、とうとう記載を見合わせる悠木。同じ内容が翌朝毎日新聞に載り、日本中がセンセーションの渦となる。

 <皆からお前に根性が無いから抜かれたと>、喧嘩腰で責められるけれど、それは単に出し抜かれたと言うだけでなく、二人の部下の地方紙から全国紙に引き抜かれるチャンスを潰した事にもなるのだった。このあたりの報道のあり方、少しでも不明瞭な点があれば書かない姿勢は、ネットで情報を発信する私たちにも求められるものだ。偏った思いや不確かな情報のまま報道して、誰かの名誉を傷つけたり、不利益を被らせたりしては取り返しがつかない。悠木の躊躇は、報道する怖さを知り尽くした者の謙虚さで、報道陣に求められる当然の姿勢でもあるのだ。そのまま原作者横山の思いなのだろう。

 <悠木の躊躇の通り>、墜落の原因はいまだに揺れていて、「特定されていない」と言う意味のテロップで映画は終わった。一説には当時このあたりを自衛隊機が飛んでいて、日航機にその塗料がついていたとも言われ、もちろんそれも不確かさを残している。あまりに壮絶なだけに、回収し切れなかったものもあり、今も特定は出来ないようだ。そのあたりがこの物語のミステリー性で、長年ベストセラーを出し続ける横山秀夫の、上手いストーリー運びでもある。そんな謎を頭に入れつつ、映画らしい大作を、時代感と共に楽しんで欲しい。(犬塚芳美)

   この作品は、7月5日(土)より梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、
                     MOVIX京都、三宮シネフェニックス等で上映
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映写室 NO.157 クライマーズ・ハイ:犬塚芳美

     ―1985年8月12日、日航機墜落事故発生―  テレビに「羽田発大阪行きの日航機がレーダーから消えた」と、速報のテロップが流れて戸...
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journalist-net | 2008年07月03日(Thu) 07:35


 
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