太秦からの映画便り

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映写室 シネマエッセイ「百万円と苦虫女」

映写室 シネマエッセイ「百万円と苦虫女」    
 ―今時の若者は老成してるのかもしれない―

 <ひいきの蒼井優ちゃんの主演映画>と聞いては見逃せない。しかもメガホンを取ったのが、「赤い文化住宅の初子」のタナダユキ監督と聞いてはもっと外せない。優ちゃんは当然でも、タナダ監督も女優さんと間違いそうな美貌の持ち主、作風だけでなく、才色兼備の若い監督本人への関心もある。地下鉄の駅をダッシュし、際どいスケジュールの試写室に滑り込むと、狭い会場はそんな人で一杯。今を時めく2人の女性の吸引力に今更ながら驚いた。
 <監督のオリジナル脚本は>蒼井へのあて書きだそうで、どこか世間とずれてギクシャクと生きる、簡単なようで難しい役を不思議なリズムで演じている。子供っぽいようで老成している若者の立ち位置が、今の時代感かもしれません。

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(C) 2008『百万円と苦虫女』製作委員会 

 <蒼井演じる主人公の佐藤鈴子は>、バイト仲間に振り回された挙句、他人の荷物を勝手に捨てたことから前科者になる。出所の夜の気まずい夕食中に、「百万円貯まったら家を出ます」と宣言。やがて百万円と手作りのカーテンを詰めたバックを持って見知らぬ町に降り立つ。最初のバイトは海の家だった。次が住み込みで桃の収穫、その次は園芸店のバイトと、移動等で減らしたお金が百万円に戻ると又次の土地へと旅立っていく。

 <いつも、脇役なのに主役を食ってしまう蒼井が>、真ん中に立つと物語との絡み方や距離感がつかめず居心地が悪そうなのと、この主人公の世間での居心地の悪さが重なるような作品だ。主役と脇役の役目の違いを改めて思い知らされた。
 短大を出たけれど正社員になれず派遣暮らし、おまけに前科者となり有名中学に行きたい弟の足も引っ張りそう・・・とあっては、何で私ってこうなのと、自分にも世間にもうんざりして、誰も知らないところで暮してみたいという気持ちは解る。そんな時に百万あれば当座の暮らしは何とか成るという訳だ。つまり百万は自由への通行手形。(いいなあ、若いって)とこのあたりで溜息をつく。私の年だと百万でそこまでの勇気はない。何も無い部屋のダンボールのテーブルさえ可愛く、物語とはいえ、百万円の重さと生き方の軽やかさこそが若さだと、眩しくなりました。

 <明日が解らないのを不安に思うよりも>、自由と捉えられるのは幾つ位までだろう。住み慣れた町を離れるだけで違う明日が始まるかもわからないのに、(保証人もいなくてどうやって部屋を借りるの?)とか、(バイトで生活できるの?)なんて、ついつい当たり前の心配をした私は、それだけ痛い思いを重ねてきたと言う事かもしれない。 
 <主人公はこんな暮らしを「自分探し?」と聞かれると>、「いやむしろその逆で、自分と向き合いたくないと言うか。探さなくても自分は自分ですから」とはにかみながら答える。昔リュックを背負ったバックパッカーが、自分とは縁もゆかりも無い北海道やインドに、気負って自分探しの旅に出かけたのとはずいぶん違う。服装だって、近所のコンビニに出かけるような日常着。それでもひょいと時空を超える飛躍力があるのが今時の若者だ。

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(C) 2008『百万円と苦虫女』製作委員会 

 <人生に悩み小難しい本を>たくさん読んだ昔の若者は、老成していたと言われる。でも少なくとも今時の若者は、彼らのように「自分探しに行く」なんて気恥ずかしい事は言わない。「自分探し」って言っても、若者がしたのは「社会に認められる何者かである自分」を探す事。社会の主役になれる何者かである人なんて、早々いるわけ無いのに、当時の若者は諦めが悪かった。脇役でよしとしながら、自己主張できる今時の若者と大きく違うところだ。若くしてちっぽけな自分が解っていると言う意味で、良いかどうかはともかく、こっちはこっちで老成していると思う。

 <ところで鈴子の弟は>、もともといじめられっ子なのに、鈴子が前科者になったからよけいにいじめられている。そんな弟からの手紙に、「僕は逃げない事にした」と書いてあって、鈴子の心を解すのだけれど、元の場所から逃げて自分と向き合う瞬間を先送りした鈴子と違い、弟は自分の場所で自分と向き合い、どう生きていくかを考えていたのだ。なんかまっとうな所に着地点があって、この二人のコンビにしては意外だったけれど、若い監督にはこの真っ当さこそが新鮮なのかもしれない。いや、この命題にはこの答えしかないのに、若い監督は映画が導くまで気が付かなかったのかもしれないと思ったりもする。それも若さだと思おう。主人公も監督も人生と言う長い旅のまだほんの入り口。

 <誤解からボーイフレンドにも幻滅した鈴子は>これからどうするのかと、ラストシーンで観客は考えるけれど、優ちゃんはドーナツなんか口に挟んで飄々としている。監督はその続きを又もや観客に委ねた。人生はほんの些細な事で結末が変る。結末を変えるのは偶然だけではなく、本人達にあと少しの執着があるかどうかでもあるらしい。二人の視線がもう一度絡むようにも、すれ違ったままのようにも思えて、このラストこそがタナダユキ的だと、二つの今後の物語の間で揺れている。 (犬塚芳美)

 この作品は7月19日(土)よりシネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、
                  京都シネマ、シネ・リーブル神戸で上映
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コメント


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テレビで流れる色々なバイト姿の優ちゃんに興味があります。

keiko | URL | 2008年07月20日(Sun)08:24 [EDIT]


自宅で100万円をためるまで色々なバイトをするのですが、当然ながらこのシーンは早送りです。制服を着た事務の仕事なんてばっちりでした。
この作品優ちゃんの色々なバイト姿をコスプレのように見る楽しみもあるのですね。全部があまりに自然で見ているときは感じなかったけれど、それがすごい事かも。

犬塚 | URL | 2008年07月21日(Mon)07:58 [EDIT]


 

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