太秦からの映画便り

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映写室 NO.170 トウキョウソナタ

映写室 NO.170 トウキョウソナタ
   ―大都会の危うい日常と確かなもの―

 アメリカが発信源の大規模な金融不安が世界を覆っている。数ヶ月前、ある弁護士さんが「サブライムローンの破綻はもっと大きな影響が出るよ」とさりげなく仰ったけれど、それが現実になってきたのだ。もっとも、その前からだって日本の中高年は崖っぷち。わが世の春を謳歌するエリートですら、一度転げ落ちると昨日までの全ては泡のように消えていく。
 <黒沢清監督が描くのは>、そんな世相をすくい取った、きらびやかな筈の大都会トウキョウを支える庶民、線路沿いの小さな家で暮らす4人家族の物語です。都市にもハレと日常があるなら、これは限りなく日常の、しかも日陰の顔。香川照之の演じるリストラされた父親の葛藤と悲哀が胸に迫る。父親に頼った家庭の安泰はこんなにも危うい。でも最後には、そこにもあるかすかな希望が描かれる。今年のカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門審査員賞を受賞しています。

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(c)2008 Fortissimo Films/「TOKYO SONATA」製作委員会

<荒筋>
 メーカーの総務課長の佐々木竜平(香川照之)はある日突然リストラされた。でもそれを妻(小泉今日子)には言えず、翌日もいつものように家を出る。ハローワークにいくが今までのような仕事は無い。ある日公園でボランティアが配る無料の食事を食べていると、高校の同級生に会う。彼も失業者で、もう3ヶ月もそうしているらしい。帰宅すると大学生の息子はアメリカの軍隊に入るというし、小6の次男(井之脇海)はピアノを習いたいと言う。

 <香川照之に鬱積した思いを抱える男を>演じさせたら右に出るものは無い。もうそれだけで映画は成功したようなもんだ。名門の歌舞伎役者を父に持ち、自分も俳優と言う特殊な世界に生きながら、香川は何時までも、と言うか年を重ねるほどに額に脂汗を滲ませる様な庶民性を増していく。メディアには見せないけれど、この年齢の普通の男としての私生活があるのだろう。竜平に同年代の男たちが重なっていく。

 <この作品の面白さは>、一人の視点ではなく、何食わぬ顔をした家族それぞれの視点で、鬱積した日常が描かれているところだ。それはまるで手探りの家族関係や日常そのもので、お互いに労わりあいながら何処かで相手の暗部までは踏み込まない現代の家族の形が浮かび上がってくる。私たちは知的になったのだろうか、それとも他人行儀になったのだろうか。後一歩踏み込んでも良いのにという一昔前には無かった距離感が、今の家族の形らしい。

 <この物語で監督が一番シンパシーを持つのは>、やっぱり竜平に代表される同年代の男たちの苦悩のようだ。終身雇用制だった昔と違って、運不運で簡単にリストラされる今は誰もの明日は不確か。自分1人なら何とかなるが、家族は昔と同じように父親の扶養義務を無邪気に信じているのだから辛い。板ばさみで奇妙な行動をとる男たちが出るのも解ろうというもの。「もう僕らにそんな力はないよ」と、世の父親族がいっせいに言ったらどうなるだろう。 
 <そうは言わない男たちに>、「いい格好をする」とか「やせ我慢をして」と妻たちは非難するけれど、言えば自分たちの暮らしは大きく変わってくる。自分に自信をなくしながら、それでも家族を守りたくて何とかしようとあがく男たち。私にはそれを見栄とはとても言えない。社会の変化と変わらない家族の意識の間で、今父親たちが力以上の重荷を背負って悲鳴を上げている。でも、それももうすぐ終わるだろう。そんな図式もこの年代だからこそで、若者たちは「降参!」と両手を挙げることに慣れている。それはそれでちょっと困ったりもするが、これはそんな変革の狭間の年代だからこそ成立するお話だ。

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(c)2008 Fortissimo Films/「TOKYO SONATA」製作委員会

 <所在なげに公園で時間を潰す>スーツとカバンの男たち、虚勢を崩せないまま暮らし、最後は行き詰って妻と共に命を絶つ同級生、他にもやけっぱちになって強盗に入り挙句の果てにこの妻を人質に暴走する男(役所広司)が登場するが、失業という形で未来を閉ざされた男たちが痛ましい。やり直しのきかないこんな社会間違っている。
 <竜平が清掃の仕事に就くまでの鬱積は>愚かとも思うけれど、誰もが作業着からスーツに着替えて自宅に帰っていくじゃあないか。監督はコミカルにそこのあたりを描くが、そうさせるのは本人のプライド以上に家族のような気もする。

 <専業主婦の妻は>、ある日「あなたが失業したことをずっと前から知っていた」と言う。まるで、言い出せなかった男の愚かさをその一言で暴いたようなニュアンスだけれど、この残酷さ。なす術が無かったとしてもこの妻は好きになれない。もっともそれ以前に、企業戦士として忙しい夫との心の交流をなくしていたのかもしれないけれど、夫の苦悩を察しても手をさし延ばすこともなかったのだ。いけない、男たちの苦悩を見るとどうも妻族に厳しくなってしまうが、妻の描かれ方は男性である監督の視点そのまま、心を掴みきれず謎に包まれているだけなのだろう。
 <同じ屋根の下暮す男と女は>、労わりあう関係をなくしてしまっている。どの男も一番虚勢を張るのが妻に対してと言う事実が現代のソナタだ。黒沢監督の視点は正しくても何だか悲しい。

 <そんな両親の間で>、次男は家族が軋む音に胸を痛めながら、小さな秘密を抱えて暮らしている。塀の間から見えたピアノの先生に憧れて、こっそりピアノを習い始めたのだ。少し寂しげな井之脇が微笑むと可愛く、子供らしくてナイーブな表情が、このシリアスな物語を絵的にもふんわりと包んでいく。
 <壊れそうでもこの家族にはお互いの帰る場所>がある。それは父親が大きく守り、母親が細やかに守ってきた家庭で、父親の頑張りにも母親の努力にもちゃんとご褒美は用意されていた。何だか大人が子供で、子供が大人のような不思議な結末ではあるが、そこには確かな家族の希望が見えなくもない。一緒に夕餉を囲めばともかく明日を生きれるではないか。トウキョウという大都会を生き抜く力になるのは、ささやかで小さな家族の温もりだった。(犬塚芳美)

 この作品は10月4日(土)より、梅田ガーデンシネマ、シネマート心斎橋、
                   シネプレックス枚方、京都シネマで上映
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コメント


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われわれの年代にはなんとも身につまされる話です。偶然覗いて以来ここのファンです。これも見ようと思います。

熟年世代 | URL | 2008年10月02日(Thu)09:11 [EDIT]


コメントを有難うございます

諸般の事情からあまりに忙しい毎日で、今日は失敗ばかり。何をやっているのかと落ち込んで帰宅しました。こんな事では(お勤めしていたら)私もこの主人公のように首になりそう。そうしてすることが無く公園で時間をつぶすのも辛いけれど、適度な忙しさがいいですね。温かいお言葉に励まされます。又覗いて下さい。

犬塚 | URL | 2008年10月02日(Thu)23:32 [EDIT]


 

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映写室 NO.170 トウキョウソナタ:犬塚芳美

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journalist-net | 2008年10月08日(Wed) 07:52


 
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