太秦からの映画便り

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映写室 NO.169 ビルと動物園

映写室 NO.169 ビルと動物園  
 ―高層ビルの窓越しに出会ったテンとキリン―

 <香子と慎、動物に例えるならテンとキリンのような二人の>、初めての出会いは高層ビルの窓越し。香子は会社で仕事中、命綱で守られて空中の足場に乗る慎は窓拭きのバイト中だった。こうして二人の物語は、絡まりながら絡まりきれず漂うように始まっていく。脚本と編集も担当した斉藤孝監督はまだ30代前半の若さなのに、まるで熟達の職人のような繊細さで作品を支配。都会の片隅で迷いながら生きる若者を温かく見つめる。
 新しい明日へ歩き出す勇気を、背中を押されながらも自分で見つける二人。その正直さと不器用さが愛しい作品です。

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(c)2007『ビルと動物園』製作委員会

<荒筋>
 大企業のOL香子(坂井真紀)は上司(勝村政信)と不倫中だが中絶を強いられたりデートをすっぽかされたりと傷つくことばかり。そんな時に慎(小林且弥)に出会い、居酒屋や動物園での他愛ないデートをする。突然上京した父親にお見合いを勧められると、苦し紛れに慎に会わせるが、「自分のことや将来を何処まで考えているのか」と説教される。やがて上司の妻の妊娠を知った香子は会社を辞め、慎は音楽教師を目指すことに。

 <窓拭きのバイトの先輩は>、「無防備な人間を見るのはどんだけオモロイか。この仕事は俺にとっての動物園」と慎に言うが、それはそのまま監督の人間観察の面白さなのだろう。登場人物の心理を、丁寧にしかも優しい眼差しで描いていく。観終わってこれほど監督の名前が気になった作品はない。1作で斉藤孝監督の虜になった。 
 <淡そうに見えながら凝視すると>しっかりと輪郭を現す主人公二人の設定に、内側から命を吹き込んだのが坂井真紀と小林且弥だ。田舎から都会に出てきて、都会の幻想で魂を抜かれ、何時しか足元を忘れる若者。似たもの同士の二人は、窓越しに出会ったあの日のままだった。でもそんな自分のあぶなっかさを何処かで解かってもいる。解かってはいても引き戻り方や地表の掴み方が解らない。夢と現実のどちらも選べず自分を見失いそうな若者がこんなにもリアルなのは、監督にも主演の二人にもこの感覚がまだ痛みを持って残っているからだろう。私が二人をこんなに愛しいのは、かっての自分に重なるからだ。

 <足を地に付けて生きる覚悟を決めるのは>何時だろうか。そんな事を考えなくても早々に大人社会に適応する人もいるが、何かに躓いてその垣根を越えられないものもいる。この二人は躓きながらも夢と現実の中間を上手く掴んで、新しい朝を見つける。その過程を温かく見つめるのがこの作品の素敵さだと思う。

 <もう夢見る時は過ぎたのだと思わせてくれるのは>、たいてい幼い頃の思い出の場所。老いていく両親や、故郷の友人たちと実家だろう。仕事を止めて帰った香子の故郷での暮らしのリアリティに胸が詰まった。 
 <都会で見た父と違って>、古びた家で一人暮す父の老いは隠しようもない。それでも弱音を吐かず地道に生きる父。その父がいるからこそ、都会でふわふわと生きれる自分に気が付く。故郷は自分の根っこ、父は拠り所なのだ。でも悲しいけれど、故郷は離れていれば懐かしくても、都会に慣れた自分にはもう違う場所になっている。(ここはもう今の自分の場所じゃあない。逃げてきた東京でもう一度ちゃんと生きてみよう)と思わせるのも故郷だ。そんな娘の心中は側にいれば父にも解る。家を出て行く娘に、父は、怒鳴るように「が、がんばらんか!」と励まして送り出す。ここにいろとは言わないし、言えない。これも父と娘ならの情景、二人の語らない思いが胸に迫った。

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(c)2007『ビルと動物園』製作委員会

 <それは慎にとっても同じで>、音楽家で生きるのは所詮自分には無理なこと。でも夢の続きの音楽教師という道もある。母校で教育実習をして恩師の温かさに背中を押される。地に足を着けながらも、まだ二人は自分らしく生きるという夢を諦めてはいない。遠くの夢でなくても自分に届く夢だってあるのだ。そこをさわやかに描いている監督の力量、老成と思春期を併せ持つ監督の目の確かさを感じる。主人公の二人は何処にでもいるような、私たちと等身大の若者。何処にでもいる二人だからこそ生き方も結論も愛しい。

 <エンディングに流れる持田香織のボーカルが>、観客の思いに寄り添い、作品の世界観を豊かに広げるのにも聞きほれる。音楽が加わってちょうど完結する足し算と引き算の確かさ、監督の調整は最後まで緩まない。新しい自分を生き始めた二人が一緒に歩き始める日も近いだろうと思いながら、長い余情の中を夢心地で帰路に着いた。(犬塚芳美)

   この作品は9月27日(土)より第七藝術劇場で上映
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コメント


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今晩は

何か、私のためにあるような映画だと思いました。
田舎からこちらに出てくるとき、ずっと立ちつくして見送っていた父を思い出しました。
この年になると、やりたいことはやっておかなくてはと、ある意味必死なのですが、
若いときは、若さを浪費してしまいがちです。
私と父、私と息子たち、両方の視点で観られそう。
持田香織の声は好きなので、歌も心に残りそうです。

大空の亀 | URL | 2008年09月24日(Wed)23:18 [EDIT]


コメント有難うございます。
この映画を見たのは1ヶ月ほども前なのに、これを書こうとチラシを読み返していたら、又もや滲んでくる物がありました。もっと上手く解説したいけれど、監督の繊細さには遠く及ばない。それが残念ですが、実際に見て作品から受け取っていただくしかないですね。斉藤監督は大好きな創造者の一人になりました。

父と娘の情愛にもリアリティがあってぐっとくるし、漠然と夢見ていた二人が、地に足をつけることの大切さを少しずつ知る過程、でも自分らしく生きることは諦めないで、それぞれに足元を見て歩き始める過程が好きです。こんな爽やかな二人を作り上げた監督と俳優さんに拍手!
私だと主人公の二人の視点からしか見れないけれど、大空の亀さんのように、親と子両方の視点のある方なら、もっと深いかもしれない。危なっかしくても父親は遠くから見つめる事しか出来ない。そんな視戦を感じながら、子供って何とか歩いていけるんだとも思いました。

犬塚 | URL | 2008年09月25日(Thu)09:05 [EDIT]


両親の絡んだ話

両親の絡んだ話はうるっときますね。年とともに親の気持ちが解るようになった。大空の亀さんとお父様のような情景が私にもありました。

akiko | URL | 2008年09月26日(Fri)07:24 [EDIT]


公開劇場が少ないけれど、「どうしてなの?こんな良い作品を」と思うほどこの作品の繊細さが好きなので、皆さんのコメント嬉しいです。ぜひ見てください。こんな評よりもっとずっと繊細ですよ。
30代で父親世代の思いをここまで描ける監督の力量に脱帽しました。

犬塚 | URL | 2008年09月26日(Fri)09:21 [EDIT]


 

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映写室 NO.169 ビルと動物園:犬塚芳美

  ―窓越しに出会ったテンとキリン―  香子と慎、動物に例えるならテンとキリンのような二人の、初めての出会いは高層ビルの窓越し。香子は会社で...
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journalist-net | 2008年09月25日(Thu) 08:39


 
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