太秦からの映画便り

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

映写室「毎日がアルツハイマー」上映案内

映写室「毎日がアルツハイマー」上映案内    
  ―認知症の母親との日常をコミカルに描く― 

(もしも自分の親がアルツハイマーになったら、どうしたらいい?)。高齢化の日本で、子供として、ある年齢になった誰もが抱える恐怖です。ところがそんな修羅場を、軽やかに笑って潜り抜ける人が現れました。

alzheimer_main_convert_20120902071620.jpg
©2012 NY GALS FILMS

 <オーストラリアに住んで29年の関口裕加監督は>、一人暮らしの母親の異変に気が付く。最初に認知症を疑ったのは数年前で、何度もお孫さんに同じ本を送ってき始めたのだとか。そのうち、宛名の英語が書けなくなる。そしてアルツハイマーに気づき、もう一人ではおいておけず、日本に帰ってくる。二人で暮らし始めて2年半。認知症の母親との日常を、明るく、そしてユーモラスに長編動画にまとめた。
もともとは短編をYou Tube にアップした物で、累計20万人が観たという超人気動画なのだ。


 <母親の認知症は>少しずつ進行する。買い物に行けなくなる。通帳がどこにいったか解からなくなる。トイレットペーパーが異様に減るのは、どうやら失禁の為の尿取りパットをこれで作っているらしい。自転車で走り回っていたのに、家から出なくなる。パジャマと服を混同する。そして、同じことを何度も繰り返す母親。3度目、4度目になると、たいていはここで、家族から(も~っ!)と泣きが入るものだけれど、この作品の場合、テロップでコミカルに「ダメだし」と入る。

 <チャップリンを愛する関口監督は>、こんな時も「クローズアップした人生は、辛いことだらけだけの悲劇だ。でも引いてみると、人生は喜劇になる」という言葉を忘れない。引く方法は人それぞれ。文字通り引いて、少し遠くから自分を客観視できれば何よりだし、監督の場合はそれだけでなく、カメラを入れて、娘だけではなく、映画制作者の視点でそんな日常を眺めてみた。すると修羅場になりかねない現実は、一瞬に、カメラを向けたくなるユーモラスな現場に豹変。

 <「なぜ母が何度もリピートするかといえば>、記憶がなくなる、言ったことを覚えていないからなんです。それと同時に、母にとって、リピートした内容がかなり重要なわけです。それは解かるんだけど、こっちにとって重要かどうかは又別問題。何度も聞かされている間に、これって、茶化しちゃっていいんじゃあないかと思いました。ただし、こういう状況って難しい。アルツハイマーはきちんと受け止めれば、底のない沼に落ちていきます。こういう作品を見ると、ふざけていると怒る人もいます。現実はもっと深刻だって。でも、悩んだからって何も解決しないんですよ。私お得意のギャグで切り返すと、母も一緒になって笑ってくれるんです。もうこれしかないですよ」

alzheimer_sub2_convert_20120902071804.jpg
©2012 NY GALS FILMS

 <こんな監督の母親だけに>、当の本人も只者ではない。医師に長谷川式で認知症の検査を受ければ、自分の年齢を忘れて、照れながら傍らの娘に「いくつだっけ?」と聞いてくる。「今日は何日?」と聞かれても、笑い転げて「あれ、忘れちゃった、ねえ、何日?」と、抜け目なく聞き返す。見るほうにとってはさすがに親子なのです。もともとこんな風に明るい人かと思ったら、認知症になる前の母親は完璧な優等生だったという。ところが彼女の夫はおおらかで、冗談が大好きな人だった。父親に似た娘もそう。それでも母親は、娘に普通の幸せを求め、結婚して大学の先生になって欲しいと願っていたのだ。でも肝心の娘は、フラッとオーストラリアに行ったまま、映画監督になって30年近くも帰ってこない。自分は優等生で何でも出来て真面目に生きてきたのに、奔放な夫や娘に振り回され、期待を裏切られ、思うように行かない人生だった。そう嘆いたこともあるのだろう。

 <「アルツハイマーになって>、やっと母親は色々な枷から自由になった気がする」と監督。姪の頭をたたいて、「人を叩くって楽しいね」という母親は、監督の言うようにアルツハイマーになって、自分の思うように生きればいいのだと、やっと自由を手に入れたのかもしれない。「そんなおおらかな母が大好きなんです。やっと母と解かり合えた気がする。アルツハイマーは神様が母にくれた贈り物のようにすら思える」と、自分が自由に生きてきたからこそ、おおらかに受け止める娘。

 <天性のものもあるけれど>、そういう強さは、まだ人種差別のきつかった1980年初頭にオーストラリアに行き、これでもかというほどマイノリティーの悲哀を味合わされたことも大きいという。それでも、向こうの虐めは日本のように陰惨ではない。平然と表立って差別されるから、負けずに自己主張して生きてきたのだ。そして念願の映画監督になり、1989年ニューギニア戦線を女性の視点から描いた「戦場の女たち」を作る。
 <その作品で、アン・リー監督に>「あなたはコメディのセンスがある」といわれ、その才能を如何なく発揮したのが本作。生まれ故郷の浜に帰り、監督もまた肩の力を抜いて、新しい境地に踏み出したのだと思う。母が晩年に娘に与えてくれた、最高のチャンスだったのかもしれない。おおらかな関口ワールド、「毎アル」ワールドに、ちょっと感染された。(犬塚芳美)

この作品は9月8日から第七藝術劇場(06-6302-2073)、
     10月6日から神戸アートビレッジセンター にて公開
*なお、9月8日(土)には関口監督の舞台挨拶が予定されています。詳細は劇場まで。

映写室「隣る人」上映案内

映写室「隣る人」上映案内   
―「光の子どもの家」の日常―

 <かってアフガニスタンの空爆被害>を取材し、アジアの子どもたちを映してきたアジアプレスの刀川和也監督が、今度は日本の、とある児童養護施設の日常を追いかけました。
まるでユートピアのような世界に、これは現実なのだろうか、はたまた実験社会?と戸惑います。場所にしても、日本なのだろうか、日本だとしたらどこの話なのか、そして映っているのは、家庭?いや、違うようにも見えるし、どういう場所なのかと、多くの「はてな」を抱えながら、映像を見続けました。その内流れてくる温かさに、そんなことはどうでも良くなります。ここにあるのは、家庭でも施設でもないけれど、その中間のような、穏やかな、人と人が隣り合う形でした。ここの理事長が投げかける、新しい社会への、一つの提案でもあります。

tonaru-hito_main_convert_20120813071952.jpg

 <さまざまな事情で親と一緒に暮らせない子どもたち>、今日本ではそういう子どもたちが児童養護施設に集まって暮らします。物語の舞台となる「光の子どもの家」もまさにそういう児童養護施設の一つですが、施設らしさはありません。温かい建物も家庭的なら、食卓に集う形も家庭的。泊り込んで一緒に暮らす保育士たちにも、仕事の影が見えません。与えられる物質的なものも、精神的なものも、とても恵まれてさえいます。今の日本で、母親がおみおつけの具を刻む音で目覚める子どもがどれほどいるでしょう。

 <まだ若い女性を>、ママと呼んで奪い合う子どもたち。私を受け止めてと、我が儘にその存在のすべてをぶつけていく子どもたち。その重さに戸惑いながら、子どもに寄り添い続けようとする保育士たち。8年間の取材で浮かび上がったのは、新しい人と人の関係性で、「血縁」ではない、人と人とのつながりでした。

 <光の子どもの家を作るとき>、設置地域からは反対の声が上がりました。問題児が転校してきて、地域の学校が崩壊するのではと恐れられたからです。ところが程なくして、ここに地域の家出した中学生が「助けてくれ」と駆け込んできたり、養育相談が舞い込んできたりします。見えないところで、新しい家族の形を求めて、社会が動いていたのでした。擬似家族で構成されたこの施設が、今の社会がなくしている欠損した何かを、一生懸命築こうとしていたのを、周りが本能的に見抜いたのかもしれません。

tonaru-hito_sub1_convert_20120813072058.jpg

 <この夏「おおかみこどもの雨と雪」と>いうアニメがヒットしています。おおかみおとこを愛し、おおかみこどもを生んだ母親が、やがて夫を亡くし、たった一人で、幼い二人の子どもを、人間として生きるか狼として生きるか、どちらでも選択できる場所に移り住み育てる物語ですが、母親は子どもを愛しながらも、子どもたちの選択に任せ、ただ寄り添うように見守ることしかしません。細田守監督が描くのは、一言では言い表わせない色々なものですが、子どもに寄り添う母親の思いの深さは、「隣る人」が描く施設の理事長や保育士の思いに通じるものでした。
 <血縁関係があろうがなかろうが>、他者への究極の愛は、そっと寄り添うこと、その人に「隣る」ことだなあと思わせる、両作品の共通性です。二つの作品が描くユートピアは、一見稀有なものですが、ふと気づけば、私たちが心のありよう一つで、手に入れることができるものでもあるのでした。(犬塚芳美)

この作品は、8月18日から第七芸術劇場、
9月15日から神戸アートビレッジセンター、順次京都シネマ にて公開

映写室「テレビに挑戦した男牛山純一」上映案内

映写室「テレビに挑戦した男牛山純一」上映案内  
―草創期のテレビを舞台に、2400本のドキュメンタリーを制作した男―

<テレビ関係者の間に>伝説のように語り継がれる男、牛山純一。民法ドキュメンタリーの草分けと言われる「ノンフィクション劇場」のプロデューサーで、映画人と積極的に交流した男だ。ベトナム戦争を取材し、放送中止事件を起こした男でもある。そういう男、牛山純一の仕事ぶりが、彼と交流のあった関係者22人の証言で浮かび上がった。それは牛山純一の記憶であるばかりでなく、草創期のテレビが切り取った時代の検証でもある。

terebi.jpg
(C)2011 NPO法人映画美学校+牛山純一研究会

<誰もの懐かしそうなまなざし>、牛山を語りながら、良くも悪くも生き生きと蠢いていた時代の記憶、その中を動き回った自分たちの記憶でもあった。ベトナム戦争や、今の天皇、当時は皇太子の御成婚報道と、あの頃は特別に時代が蠢いていたのだろうか。いや、今だって時代は動いている。経済だけ見ても、崩壊しそうなヨーロッパ経済、バブルの様相で崩壊の危機をはらみつつ巨大化するアジアマーケット、その狭間で右往左往し方向を見失っている日本経済。それはそのままエネルギー政策にも見て取れる。誰もが大きな時代の変貌を感じながら、私たちの時代、今のテレビ人や報道陣に、牛山のような切り口を見つけられるものがおらず、大きなうねりを見落としているようにも思う。いや、皆、大きな変貌は口にする。しかし、それを鮮やかに見せつける、何かをつかみきれていない。

<新聞記者を志しながら>叶わず、53年に第1期生として日本テレビに入社した牛山純一。テレビの可能性に挑み、多くの仲間を巻き込み、新しい世界を作った男。
この作品は、もともと故佐藤真さんが企画したものだ。佐藤さんの死で一度は頓挫しかけたが、かっての教え子たちの地道な努力で、10年近い歳月をかけ、完成にこぎつけた。佐藤さんは牛山純一を検証して、何を見出したかったのだろう。映画美学校の教え子たちだけでなく、物を作り人たちへの喚起の呼びかけのようにも思う。牛山のいない今、この蠢く今が、後世にどう伝わるのかと、ふと考えたりもする。

<佐藤真さんは>「テレビもいずれインターネットなど、ニューメディアに凌駕され、旧態をさらす日が来るだろう。その時、テレビは再び、作家性を前面に出し、実験的で野心的な作品を受容できるだろうか。草創期の優れたテレビ作品に学ぶ意味がそこにあると思う」と言う。勿論それは、ニューメディアに向けられた言葉でもあるのだ。メディアの如何ではなく、私たちは一番大切な、時代を読み解く切り口を見失っている気がする。(犬塚芳美)

この作品は、十三、シアターセブンにて上映
6/30(土)~7/6(金)連日12:40~
6/30(土)北小路隆志氏、7/1(日)隅井孝雄氏をゲストに、
畠山容平監督のトークショーがあります。

映写室「季節、めぐり それぞれの居場所」上映案内

映写室「季節、めぐり それぞれの居場所」上映案内  
 ―大宮浩一監督に伺う―

「ただいま それぞれの居場所」の大宮浩一監督が、その後の介護施設を訪ねて、こんな作品を届けてくれました。題名の通り、「ただいま!」と自分の居場所に帰ったあの時から、月日が流れ、季節はめぐった。それぞれの居場所はどう変わったのだろう。

kisetsu_main.jpg
©大宮映像製作所

 <相変わらずここには>、緩やかな独特の時間が流れている。高齢の入所者に合わせて、誰もがゆったり。あくせくしない。誰かが介護とは待つ事だと言ったが、ここのスタッフは待つという意識すらしてないかのように、自然に入所者に寄り添う。そして、場所も自宅の続きのような、民家を改造した、施設らしくない施設。スタッフと入所者が一緒に歌う、愉快な内容の「ストトン節」が響く「井戸端げんき」は、宅老所という言葉がぴったり来る、どこかのお茶の間のような空間。「ただいま それぞれの居場所」にも登場した施設だ。離職率の高い介護職だけれど、「ここではほとんどのスタッフがそのままだった。そのことが嬉しかった」と大宮監督は言う。ここは、誰もの居場所であり続けたようだ。

<働くスタッフの経歴もさまざまで>、自身が引きこもりだったと言う若いスタッフは、自分を必要とされるここに居場所を見つけたのだろうか。生き生きとした瞳で表情は明るい。元ヤクザの男性は、2年半前に脳梗塞で倒れ、直後は自分で死ねるようになろうと、死ぬ為にリハビリに励んだと言う。しかし、自分の手を握って泣いてくれるヘルパーさんと出会い、今は生きる為にもリハビリとここの仕事を頑張っていると話す。入所者以上に、ここでは働くスタッフが、ここに自分の居場所を見つけたのだろう。
勿論入所者の表情も穏やか。温もりを持って介護され、ここが自分の居場所と寛いでいる。

<残念ながら亡くなった方もいた。>自宅に飾られた遺影が過ぎた月日を教えてくれる。それでも家族は、「元気な亀さん」で、父は幸せな時間を過ごせたと、ここでの思い出を話す。
あるスタッフは、人の生死に関わる仕事は避けたかったと言いながら、だんだん衰弱していく入所者を、本当の最期は家族と一緒に看取り、大事なものを教えてもらったと言う。人の死により添うことで見えたもの。少し前の家族制度なら、自宅で出来たことが、今は自宅で出来ない。ここはそんな事を家族と一緒にしてくれる場所だ。

<でもそんな穏やかさに>、疑問も感じる。老人は良くても、介護職の若者は、この若さで、人生一番の活動期を、世間から取り残されたような時間の中で、こんな風に過ごすばかりでいいのだろうかと、少し疑問も持つのだ。他の生き方だってある。競争し、がむしゃらになって傷つくことが必要な時期があるのではと、そんな疑問をぶつけると、監督は「若いからといって、誰もが競争社会に適応出来るわけじゃあない。今の過当競争の社会から、スポイルされる若者もいるというのを、我々も認識しないといけない。それ位今の社会は過酷なんです。彼らにとっては自分を必要としてくれる人のいる、介護の現場は、彼ら自身の見つけた居場所で、安らぎでもある。でも、そうかと言って、ずっとここにいなくても良い。人生の一時期をここで休んで、元気を取り戻したら、又競争社会で生きれば良い。それでも、何かの折に、ここでこんな風に過ごしたことは彼らの支えになると思う」と話す。

kisetsu_sub1.jpg©大宮映像製作所

<この作品の世界を>全肯定ではないらしい。又、家族同然に、手厚く介護されて過ごす老後の現場を撮りながら、大宮監督はまったく逆に、「自分が望むのであれば、動物として自分の力で生きれなくなった時、死ぬという選択肢が悪いわけではない。例えば、孤独死はたいてい餓死だけれど、それだって本人が望んだことなら尊重すべきだし、僕自身はそんな風に人生を終えたいと思っている。過剰に人の手を煩わすのが嫌な人もいるから。たとえ、世間がどう思おうと、その人が望むような終末期を送れるのが幸せということだと思う」と、映画から離れて、素顔も覗かせて下さる。こんな風に、映画の外に切り捨てた思いを沢山お持ちなのだと驚いた。穏やかな作風の裏側の強い意志。次には、そんな切り口の辛口作品も見てみたい。(犬塚芳美)

この作品は第七芸術劇場(06-6302-2073) にて公開
        6月9日(土)~15日(金)12:20~より
             その後の上映については劇場まで

映写室 「春、一番最初に降る雨」上映案内

映写室「春、一番最初に降る雨」上映案内  
  ―カザフスタンに生きる家族の物語―

中央アジアの国、カザフスタンを舞台にした映画が公開になる。

0906ジェルゲリ涙
©2011 STUDIO-D JAPAN, Inc.

<何処までも続く>草木の生えない土地(多分、これがステップと呼ばれる土地)、低い土だけの山並み、水道もガスも無い不便な土地にぽつねんと建った一軒の家。ここに暮すのは両親と二人の子供で、もう一人の住人はお祖母ちゃんかと思いきや、そうではないらしい。彼女が天に召されるあたりから物語が転がり始める。カザフスタンの方が見ても自然なように、この地の神秘的な風習が盛り込まれて、映っているもの全てが珍しい。

<作ったのは元カザフスタンの日本大使館員佐野伸寿さん>で、自ら脚本を書き、共同監督として現地の映画人エルラン・ヌルムハンベトフさんとタッグを組んだ。佐野監督以外は、すべて現地のスタッフ。エルランさんとは2008年の佐野監督の「ウイグルから来た少年」でもタッグを組んでいて、今回は心優しい父親役でも登場する。
<ソビエトの映画技術を受け継ぐ>カザフスタンは映画技術が高いそうで、力強いカメラワークも見所だ。雪解け水でうねりながら流れる川面、見渡す限り何もない大地。圧倒的な自然の前に、ちっぽけな存在でしかない人間。一家はそんな自然を傷つけることなく、自然と共生して暮している。だからこそ、この一家が待ちわびるのは、「春、一番最初に降る雨」なのだろう。これこそが命の元、土色の大地も、その雨で緑の大地へと変貌を遂げるのだろうか。

2127アイグリとアリシェル
5303ミルクを注ぐ
©2011 STUDIO-D JAPAN, Inc.

<劇映画なのだけれど>、其処に流れているのは限りなくドキュメンタリー的匂い。突発的な出来事もストーリーに組み入れながら撮影したそうで、味わいも自然だと思ったら、プロの俳優さんは金髪の美少女一人だけなのだと言う。
カザフスタンと言っても、まだまだ私たちには馴染みが薄い。でも親日国だそうだ。ソビエト連邦の崩壊で誕生した国だけに、未だにソ連に抑留された日本人が住み、彼らの作ったインフラ等の技術の素晴らしさで、今もって信頼を得ているという。
<地区的にはアジアだけれど>、中東でもなく、ヨーロッパ的というか、そんな丁度中間地点の国だ。そんな神秘の国の、人情味溢れる人々の暮らしはまるで家族の原点のよう。砂漠やステップと言う日本人にはなじみの無い内陸型気候で、雄大な地球、母なる大地を感じさせられる力強い映像に旅情をそそられる。こんな作品を見ると、映画には色々な役目があるなあと思う。
佐野監督の愛してやまない国、カザフスタンの心を教えてくれる物語です。

この作品は、シアターセブンで上映
     4月28日(土)~5月4日(金)12:45~
     制作秘話等のトーク有り。日程は劇場まで(06-4862-7733)

映写室 3.11を扱った作品を見比べる

映写室 震災を扱った作品を見比べる
    ―それぞれの監督の思い―

 <十三、第七芸術劇場やシアターセブン>で、3.11、被災地を扱った作品が次々と公開されている。全て報道で伝えきれないことだ。「大津波のあとに」、「槌音」は30日までだが、前回お知らせした「311」は引き続き上映中で、31日からは「立ち入り禁止区域 双葉~されど我が故郷~」、「傍(かたわら)~3月11日からの旅」の上映が始まる。
 
311t082.jpg

 <「立ち入り禁止区域 双葉~されど我が故郷~」は>、地元出身の佐藤武光監督が、検問の制止に対し、“俺は双葉の出身で、故郷に戻るから自己責任で入る!”と答えて突破し、記録した作品だ。大地震、津波、それに伴う原発事故という深刻な事態に、「立入禁止区域」が生まれた。故郷を離れ避難所を転々としながら暮らす人々もいる。
 <多くの劇映画やテレビ作品に>監督やプロデューサーとして関わってきた佐藤監督。マスメディアの取材自粛という壁も突破し、原発に隣接する地域の有り様が、そこに関わる人々の生々しい叫びが、この思いを日本中に、いや世界中に届けようと覚悟を決めた監督の手で作られた。こんな映像が公開されるのは初めてではないだろうか。ドキュメンタリー出身の監督との手法の違いも見所なら、”故郷に何が起こっているのか“と問いかける監督、地元出身者ならではの思いの強さも汲み取りたい。

 
311k083.jpg

<一方、「傍(かたわら)~3月11日からの旅」>はハートフルなドキュメンタリーで定評のある「いせフィルム」の作品だ。言葉のとおり、被災地の人々に寄り添うような伊勢真一監督の眼差し。「311」とは対照的な作品だ。
友人のミュージシャン苫米地サトロ一家が主人公で、震災後に立ち上げた、臨時災害ラジオ「FMあおぞら」が主な舞台となる。
 <この作品でも、いせフィルムの作風>が際立つ。多くの人々のつき命日となった11日に1年間通い続け、支えあって生きる人々の姿を映す。春が来て、夏が来て、秋が来て、冬になった。そしてまた春は来る。瓦礫が片付きはじめ、わずかでも復興の兆しも見えてきた。あれほどの災害でも、記憶はどんどん薄れて行く。それが生きるということ、「いのち」は必ず生きるほうへ向かっているという、私たちに届けられる記憶の束。伊勢監督のインタビューは明日お届けいたします。
 同じ題材を扱いながら、それぞれに際立つ作家性。それにも注目したい。(犬塚芳美)

両作品共に、シアターセブンで3月31日(土)~4月13日(金)の上映

「立ち入り禁止区域 双葉~されど我が故郷~」 3.31~4.6 10:30~、4.7~4.13 12:50~
「傍(かたわら)~3月11日からの旅」      3.31~4.6 12:50~、4.7~4.13 10:30~

映写室 「焦げ女、嗤う」上映案内

映写室 「焦げ女、嗤う」上映案内
―関連イベント満載!―

 <恋愛が一番の関心事、人生の全て>のような時代がある。仕事や趣味に隠しながら、本心では相手が自分をどう思っているかという、彼の心や彼女の思いを知ること、あるいは仕事や授業の後で、会えるかどうかだけが気がかりだった頃の事だ。この物語は、そんな時代真っ只中の男女を群像劇で描いている。少し心を擽られて、あの頃を思い出してみよう。
 <一時、草食系男子なんて>言葉が流行ったけれど、この物語の若者たちは結構肉食。いや、それよりもっと、女子が肉食かもしれない。それもストレートに出せず、内面でぐちゃぐちゃ。男に振り回されていそうで、逆に自分の思いで男を振り回す。性欲で振り回す男性と、恋焦がれる自分の思いで男を振り回す女性、どっちもどっちだ。設定では登場人物たちは20代半ば。それよりは年上の監督は、年下世代の恋愛を、温かく、微笑ましくもユーモラスに描いている。

kogeonnna-kan.jpg


<今の時代の特徴かと言えば>、そうでもない。ずっとずっと年上世代の筆者も、年下の友人たちと行ったジャズフェス等で、こんな恋愛体質の若者たちをあっけに取られて見ていた記憶がある。ああでもないこうでもないと、仲間内で組み合わせが変わる、普遍的な出来事だ。周りをハラハラさせて、どうしてそんな関係に巻き込まれるのかと目を見張る男女は、たいてい特別の美男美女ではない、普通の若者だ。恋愛体質と言うのがあるのだろう。あの頃の私や、監督の視点がそうであるように、当事者には痛い話も、少し距離を取るとユーモラスに写る。

<不思議な題名について伺うと>、瀬川浩志監督は、「最初は少ししか登場しなかったのに、書き進むうちに、異常なまでの行動をするショウコと言うキャラクターが、どんどん膨らんでいった。恋愛や相手に恋焦がれて、まるで自分が焦げたようになっている女性をこのように表現してみました。僕の造語です」との事。最後まで見るとなるほどと納得できる表題だ。さて、ショウコはどんな事をする? ちょっと怖いです。映画を見てのお楽しみ!
「ショウコは焦げ女とすぐに納得してもらえるだろうけれど、他の女性たちも、結構焦げ女ですよね。今の時代、男に振り回されているようで、女性が自分で思いつめて積極的になり、恋愛を引っ張っている気もする」とも。

 <この作品が劇場初公開作となる瀬川監督も>、とある時期から映画に恋焦がれて、自主制作を続けている。登場人物たちが自然な関西弁を話すから、関西での撮影かと思ったが、関東で撮影し、オーディションで関西出身にこだわり、俳優さんを集めたと言う。何か小劇場系の匂いもして、そう言うと、上映に併せたゲストイベントを紹介された。出演者によるパフォーマンスがあるのだ。監督や出演者は、映画や演劇への自分たちの焦げる思いを、どこかで嗤いながら、楽しんでいるのだろう。

脚本や編集も手がける監督は、そのままアダルトビデオが作れそうなほど(?)、セクシーなシーンの描写が上手い。舵取りが難しいけれど、自主制作の分野からメジャー路線へ転進なるか? 先物買いで、京都出身の瀬川浩司監督に注目です。(犬塚芳美)

この作品は、十三シアターセブン(06-4862-7733)で、
3/17(土)~3/23(金)の1週間限定ロードショー(連日18:15~)
<併映 「蛾意虫」>


 ゲストイベント
  3/17 瀬川浩司監督と、主演の新井美穂さん舞台挨拶
  3/18 出演者(西川真来)による、ゲストを迎えた生パフォーマンス
        スピンオフ企画「週刊小宮由紀 大阪編」
  3/19,3/20 瀬川浩司監督と黒瀬役の谷尾宏之さん舞台挨拶

映写室 「百合子 ダスヴィダーニヤ」上映案内

映写室 「百合子 ダスヴィダーニヤ」上映案内 
  ―湯浅芳子と宮本百合子の出会いを描いた、浜野佐知監督の新作―

 「第七官界彷徨―尾崎翠を探して」、「こほろぎ嬢」や「百合祭」で知られる、浜野佐知監督の新作が公開になります。スポットが当たるのは、大正時代に、恋とも友情とも言える深みで、魂と魂をぶつけ合って、高みに上っていった二人の女性の出会いの日々。女性として始めて公費でロシアに留学し、後にロシア文学者として大成した湯浅芳子と、17歳という若さで「貧しき人々の群れ」を発表し、天才少女と騒がれ、後に日本共産党の書記長になる宮本顕治と結婚し、戦後プロレタリア文学の旗手として活躍した中條(後に宮本)百合子の、お互いの気持ちを探るような情熱的な出会いの時を描いたものです。

yuriko-kan1.jpg
(10月19日 大阪にて)

<二人はこの後7年間を>共に暮らしますが、後に百合子は宮本のもとに去って行く。芳子にとっては百合子は、閉じ込めようとした心の鍵を開けられた喜びと同時に「愛した女たちはみんな男のもとへ去っていく」という苦い思いを突きつけられた出会いでもありました。それでも生涯芳子の心を離れなかった百合子。若き日の知られざる愛と別れが、浜野監督の手で愛を込めてみずみずしく描かれます。

 <監督は>、沢部ひとみさんの「百合子 ダスヴィダーニヤ」を読んで感動し、10数年前から映画化を模索し続けました。「二つの庭」、「道標」と、百合子の側から否定的に歪めて書かれながら、沈黙を貫いた芳子。晩年の芳子に密着し書き上げられた「百合子 ダスヴィダーニヤ」は、芳子の側から見た二人の真実でした。スカートをはいた侍と言われ、あの時代に「女を愛する女」を公言して生きた湯浅芳子は、「自分らしく生きることは、孤独であること」と覚悟を決め、自由を手に入れる為孤独を引き受け、潔く生き抜きぬいた人。監督は芳子の潔さに感銘し、二人の恋を世に出したいとおもったのです。多くの女性の支援の元、今回の映画化に漕ぎ着けました。時代間のある風景のもと、大正時代のロマンティックな衣装を纏った女性たちの織り成す、濃厚な物語が展開します。(犬塚芳美)    <インタビュー詳細は明日>

第七芸術劇場06-6302-2073)にて上映
  10月29日(土)~11月4日(金)  12:25~ 、18:40~
  11月5日(土)~11月11日(金)  10:10~、 15:45~
 
 10月29日(土)と10月30日(日)は全回、浜野監督舞台挨拶予定

映写室「スマグラー」舞台挨拶

映写室「スマグラー」舞台挨拶
 ―主演の妻夫木聡さんと石井克人監督―

 <真鍋昌平原作の漫画「スマグラー」>が、「鮫肌男と桃尻女」等の鬼才石井克人監督の手で、映画化されました。「悪人」、「マイ・バック・ページ」と複雑な役を演じて、役者としての幅を広げている妻夫木聡さんが、またまた新境地です。「スマグラー」(運送屋)が運ぶのは何か。情けなく心優しい若者が、弾みで裏社会に飲み込まれていく様が、劇画タッチで展開していきます。

sumagura-2.jpg

<エッジの効いた映像が続いて>、実はしょっちゅう目を伏せていたのですが、この混沌の時代、奇想天外で非日常の世界が、すぐ隣の落とし穴にも思えたのは、キャラの立った役柄を張り切って演じる実力派の面々の中、主演の妻夫木さんと永瀬正敏さんが、リアルな演技でこの物語を現実に着地させているからでしょう。複雑な思いを瞼や目に語らせる二人の演技が見逃せません。

 <この作品は29日の大阪から>一般試写が始まりました。舞台挨拶に立った妻夫木聡さんは、映像の中とは違う端正な姿。石井監督に憧れ続け10年、今回オファーが来たとたんに、脚本も見ないまま快諾していたと。永瀬さんとの共演も10年間待ち続け、やっと実現したもの。
<端正な顔をこれでもか>というほど崩して、体当たりの演技。役になりきる為に不摂生を極め、寝ない、栄養失調と自分を追い込み、冒頭の青白い顔を作ったのだそうです。そんなリアルさと、石井監督の世界に自在に遊ぶ、他の出演者たちの快演の競作。役者さんとは、別の世界を作るのがこれほど嬉しいのかと思わせる、見所がいっぱいの作品。石井監督の奇才ぶりに驚くのも見所かも。(犬塚芳美)

この作品は、10月22日(土)より梅田ブルク7等で全国ロードショー

映写室「チェルノブイリ・ハート」上映案内

映写室「チェルノブイリ・ハート」上映案内   
 ―遺伝子に傷をつけ、汚染は続く―

 この作品は、フクシマの原発事故に衝撃を受けたマリアン・デレオ監督が、放射能の怖さを知って欲しい、今からでも出来る自衛をして欲しいという思いから、作ったもの。2002年に製作した40分の「チェルノブイリ・ハート」と、その6年後に作った19分の「ホワイトホース」を、日本語版として特別に編集したものです。
目先の爆発を避けることで精一杯で、これから起こる悲劇に目をそらしているけれど、放射能の怖さはこれからが本番。爆発のその後を、放射能の怖さを、こちらの身に痛みを伴うほどのリアルな映像で、しっかりと見せていきます。

chernobyl_main.jpg
©2003ダウンタウンTVドキュメンタリーズ

<1986年にレベル7の事故を起こした>チェルノブイリは、190トンの放射性ウラニウムと放射性黒鉛が空気中に拡散し、のべ60万人の現場作業員が大量の放射能を浴び、13000人以上が死亡。避難民の総数は40万人を超え、2000以上の集落が廃村になりました。高齢者の中には、今も強制避難区域に住む人もいますが、彼らに大きな健康被害は出ていない。一番放射能の影響を受けたのが、子供たちです。
 <例えば>、事故当時幼少期や思春期だった若者に多発する甲状腺がん、事故の前に比べると25倍にも増えた重度障害児、そんな子供に驚愕し遺棄する親。そんな子供の集まる遺棄乳児院には、見るのも痛々しいほどの障害を抱えた子供たちが、なす術もなく、ベッドに横たわっています。チェルノブイリから80キロのゴメリ市では、障害児が生まれる確率は15~20%。放射能の影響を考えないわけにはいきません。

 <題名の「チェルノブイリ・ハート」とは>、壁に穴がある等の重度の疾患を抱えた心臓のこと。チェルノブイリの事故の後生まれた子供たちに多く見られる現象で、年間300人の子供たちが手術を必要とするのに、医師、お金と全てに不足し、手術に辿り着ける子供は僅かで、累積待機患者は7000人にも上ります。

chernobyl_sub1.jpg
©2003ダウンタウンTVドキュメンタリーズ

<後半の「ホワイトホース」で捉えるのは>、放射能という目に見えない脅威に汚染された街の姿です。チェルノブイリから3キロのウクライナ、プリピャチにある家に、事故から20年後に始めて帰っていく一人の青年。荒れ果てて荒涼とした様は、まさに死の街。事故から時が止まったままで、見えないはずの死の影が、そこここに見えました。彼の呟く「近親者の10人が癌で死んだ」という言葉の重さ、その彼も撮影の1年後には27歳で亡くなります。

<勿論フクシマとチェルノブイリは>違います。でも、一歩間違えばこうなる。程度の差はあっても見えない汚染も同じ。監督は、フクシマが第2のチェルノブイリになる前に収束して欲しいと、切に望んでいます。収束も勿論ですが、この作品を観て、見えない脅威にもっと怯え、放射能への感受性の高い世代を出来るだけ早く汚染地帯から遠ざけ、遺伝子への影響を避けなくてはと、焦りにも似た思いを持ったのは私だけでしょうか。「放射能は目に見えないから怖い」という言葉の重さを実感しました。日本語版製作にあたり、トルコ生まれの詩人、ナジム・ヒクメットの「生きることについて」の言葉が、日本人に捧げられています。(犬塚芳美)

この作品は、シネ・リーブル梅田(06-6440-5930)で上映中
9月24日から神戸アートビレッジセンター、
10月22日から京都シネマ にて公開
 
   
*「チェルノブイリ・ハート」は、2003年のアメリカアカデミー賞ドキュメンタリー部門でオスカーを獲得。マリアン・デレオ監督は、べトマム、グアテマラ、イラク等数十カ国の取材経験があり、2度のエミー賞の他、多くの受賞経験もある。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。