太秦からの映画便り

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映写室「標的の村」上映案内

映写室「標的の村」上映案内 
 ―全国ニュースから抹殺された、沖縄のもう一つの物語― 

 SLAPP裁判とは、国策に反対する住民を国が訴える裁判です。力のある団体が、声を上げた団体を訴える弾圧・恐喝目的の裁判を、アメリカではSLAPP裁判と呼び、多くの州で禁じていますが、そういう裁判が沖縄で起こりました。

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©琉球朝日放送

「オスプレイ」の着陸帯建設に反対して座り込んだ住民を、行政が「通行妨害」で訴えたのです。訴えられた中には現場にいなかった6歳の少女も含まれていました。この珍事件の意味するものは? 全国放送から抹殺された沖縄の現実を、地元琉球朝日放送が取り上げました。その反響の大きさで、今度は全国の劇場に問いかけます。三上知恵監督に撮影秘話等を伺いました。

<舞台になるのは沖縄北東部の東村・高江区です>人口160人あまりの、ヤンバルの森に囲まれた長閑な山村ですが、戦後、村を囲むように、7800ヘクタールという国内最大の、米軍のジャングル戦闘訓練場に囲まれてしまいました。いつもは鳥のさえずりのこだます静かな村も、ひとたび米軍の訓練が始まると、上空には巨大なヘリが飛び交い、耳を劈くような騒音に包まれます。

<それでも人々は自然と共存し>、自給自足で豊かな暮らしを続けてきました。物作りの人が集まりやすい環境で、安次嶺現達さん、通称ゲンさんも、この森に魅かれて10年ほど前に家族で越してきました。自分で家を建て、自家製の新鮮な野菜と釜焼きパンを売り物に、そこでカフェを営み、6人の子供と楽園のような暮らしを続けてきたのです。そこに降って沸いたような、高江の周りに6つのヘリパッドが新設されるという話。そして、死亡事故の多い垂直離陸機・オスプレイも配備されるという話でした。

<2007年1月22日>、今まで運動とは無縁で静かに暮らしてきた高江の人々が驚愕し、那覇防衛施設局に抗議をします。局員の返事は「米軍の運用に関しては日本側は関与できない」という突き放したものでした。再三の反対決議もむなしく、一方的な工事通告がされます。(ヘリパッドが出来たらもうここには住めない。首長は基地反対を訴えて当選しても、複雑な経済構造を知ると時を経ずして容認に変わっていく。どこに訴えても誰も助けてくれない。自分たちの村は自分たちで守るしかない)と、この年の7月2日から、住民による座り込みが始まりました。

<8月21日、防衛施設局が工事にやってきます> 腕を組んでいく手を阻止する住民たち。飛び交う罵声。とうとうこの日は中断して施設局が帰っていきました。しかし、程ない2008年11月25日、現場での座り込みが「通行妨害」にあたるとして、国が仮処分を申請します。ゲンさん一家は、ゲンさんだけでなく妻や現場にはいったこともないまだ7歳の少女海月ちゃんまで訴えられました。2009年12月11日に15人のうち13人の処分は却下されましたが、住民の会の代表の伊佐真次さんとゲンさんには「通行妨害禁止命令」が出され、本裁判に発展してしまいました。皆は動揺します。反対運動を萎縮させる、これこそSLAPP裁判の狙いでした。「これは見せしめのようなもの。なんとしてもひっくり返したい」皆の思いでした。

<米軍ヘリには日米どちらの空港法も適用されません> 民家や学校の上空もかまわず飛び、夜間は集落のわずかな明かりを目印に旋回します。
高江は周りを訓練場に囲まれ、かっての自分の家のお墓にもいけません。訓練場と民家の間にはフェンスもなく、兵士が突然庭先に現れたこともあります。まるで標的にされているようだと感じる住民は多いのです。かってここは、米軍がベトナム村を作り、実践直前の襲撃訓練を行ったところでもありました。

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©琉球朝日放送

<1964年9月9日地元紙「人民」には>、地元の高江区民がべトナム人の役で米軍の訓練に借り出されたと記述があります。この記事を書いた元記者の知念忠二さんは「当時の米軍がひどかったのは皆知っているが、陸の孤島だった高江やジャングル戦争訓練場のある地域で米兵がやったことは、私たちの想像を超えるものだった」と証言します。
でも、それを声高に言う住民はいない。本土からは遠く、援助もない隔離された土地で、実際に道を作り助けてくれたのは米軍。あれこれ言うよりは口をつぐんで基地と共存することを選んできたのでした。

<それでも、「オスプレイ」の配備は容認できない> 住民が自分たちの暮らしを守るために、腕を組んで体で阻止しようとした時、住民を排除しようとしたのは上から命じられた地元沖縄の行政機関や警察。本当の敵ははるか後ろに下がって、沖縄住民同士が対立し争っています。

<2012年9月29日、「オスプレイ」強行配備の前夜に>、沖縄の人々の怒りが爆発しました。普天間基地のゲート前に、身を投げ出し車を並べて22時間にわたって完全封鎖したのです。真っ先に座り込んだのは、沖縄戦や米軍統治下の苦しみを知る老人たちでした。
辺野古を取材していて、次は高江だ、背後には「オスプレイ」の配備があると、直感的に分かりました。だからこちらも続けて取材していました。復帰後40年たっても、なお沖縄の苦しみは続いています。全国放送では抹殺されたニュースですが、これをこそ伝えたいと、私たち地元テレビ局が動きました。(三上知恵監督談)

この作品は、8月31日から第七芸術劇場、
9月7日から京都シネマ、神戸アートビレッジセンター にて公開。

映写室「ひろしま 石内都・遺されたものたち」上映案内

映写室「ひろしま 石内都・遺されたものたち」上映案内      
―アートで心の扉を開く―

 ぼんやり見ると、被写体が原爆の遺品というのを忘れてしまう。美しいアート写真の向こうから浮かび上がるのは、それを身につけていた人の奪われた日常だ。広島の原爆を考えさせる、新しい切り口の作品が公開中です。

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©NHK / Things Left Behind, LLC 2012

 <日本は世界で唯一の被爆国だ> 今なお爪痕が残り、世代を超えて後遺症で苦しむ人もいる。マスコミもまるでそれが義務ででもあるかのように、夏休みでテレビをつける時間が多くなったお茶の間に、原爆に絡んだニュースを届けてくる。私たちから、原爆の記憶が消えることはない。繰り返してはいけない愚考だと、誰もが思う。
 <でもそれは被爆国日本の視点だから> 驚くことにアメリカでは、未だに、リベラルな人々の間でさえ、「原爆は戦争を終息に導くのに必要だった」と言われている。パール・ハーバーの攻撃から始まった戦争は、双方が自国の愚考に蓋をして、本質を突き詰めないまま、風化されようとしている。

 <そういうアメリカの人々に>、原爆のことを知らせ、もっと考えてもらいたいというのは、リンダ・ホーグランド監督の長年の思いだった。
<監督はアメリカ人宣教師の娘>として京都に生まれ、山口や愛媛で公立の学校に通った。小学4年の時に、教師が黒板に「原爆」と書き、クラスメートが一斉に自分を見た時の震える感情は未だに忘れられないという。その場にアメリカ人は自分一人しかいない。幼い自分がたった一人でアメリカを代表して、クラスの皆に詫びなくてはいけないという心の重さ。この時の記憶はしばしば蘇り、監督にとって人生の大きな宿題となる。その思いを結実させた作品だ。

 <この作品は、巧みな2重構造になっている> 原爆そのものを追うのではなく、まずは日本を代表するカメラマン、石内都が原爆の遺品を映す様を追い、完成した写真を映し、続いて世界各地でその写真の展覧会を開くさまを追い、写真と観客の反応から、写真の向こうの原爆の悲惨さを浮かび上がらせるという巧妙で複雑なものだ。

 <長年広島を避けてきた石内都だが>、出版社からの依頼でこの地を訪れ、平和記念資料館に保存されているおびただしい遺品の、声にならない声に魂を揺すられる。以降広島に通い、平和記念資料館に届けられた遺品の中から、美しくて心に響いたものだけを映した。

 <そういう石内の姿勢に共感した監督は>、彼女と彼女の写真を追ってみようと閃く。

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©NHK / Things Left Behind, LLC 2012

「石内さんとは、私の前作<ANPO>以来の付き合いです。彼女の写真集を見て<ANPO>に出てもらって、その忘年会でこの作品のカメラマンの山崎さんに出会いました。そして、自分の長年の宿題の為に、彼女の広島の写真を追ってみたいと思ったのです。

 そして、石内さんの写真を見て素直についていったら、いつの間にかこの作品ができていました。当時の悲惨さを訴える映画はたくさん作られています。でも、そういう作品では、アメリカ人に見てもらうことは難しい。悲惨であればあるほど、皆が吾関せずと目をそむけます。原爆と今の自分たちを結びつける別の切り口が必要でした。
石内さんがよみがえらせた、美しい遺品の数々。美しいだけに、それを身につけていた人の一瞬で消し去られた日常が浮かび上がります。その日常は、今これを見ている貴方とそんなに違わない。又、原爆で一瞬に奪われた命は何万人ですが、命を落とされたのは私たちと同じ一人一人。それぞれの人生と生活が一瞬で消え去ったことに気づいて欲しいと思います。

 でも、私がこの作品で気をつけたのは、戦争が悪いとか原爆が悪いとかの、明確なメッセージを与えることではありません。もっとより多くのことを、この向こうに想像してほしいのです。
 石内さんの写真が主体ですが、後半30分は意識的に彼女の存在を消しています。この作品はアーティストを主人公にしたのではなく、彼女のアートを中心に置いたものですから。アートは素晴しい。現実を超越する力を持っています。時を止めて今も昔もなくなります。見ている人と表現されているものの時間がシンクロしますよ。又、石内さんは遺品そのものではなく、遺品の持つ魂を映しています。ある意味で現代のいたこですね。まるで石内さんが魔法をかけたかのように、遺品がそれに秘めている物語を語っています。静かな展示室がある意味で饒舌で」と、語るリンダ・ホーグランド監督だ。


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©NHK / Things Left Behind, LLC 2012


<この作品の中では>、私が始めて聞く衝撃的なことも明かされている。たとえば、原爆に関するマンハッタン計画には、アメリカだけでなくカナダとイギリスも関与していたこと。原爆に使われたウランを掘ったのは極東に住んでいたカナダの先住民で、彼らは唯一広島で原爆の謝罪をしているということ。というのも、採掘に関係した男性は20年以内に皆死んでしまった。原爆がどういうものであるかを理解し、誤らずにはおれなかったのだ。心の痛みを持つものこそ、痛みを共有できるということだろう。(犬塚芳美)

この作品は、8月3日から梅田ガーデンシネマで上映中
      9月14日から神戸アートビレッジセンター にて公開。

映写室「立候補」上映案内

映写室「立候補」上映案内  
  ―泡沫候補の思いを探る― 

 選挙シーズンも終わりました。貴方は政見放送を見ましたか? 選挙結果を見ましたか? そして、選挙速報にも載らない泡沫候補を知っていますか? 夢を諦めない藤岡利充監督が、夢を諦めない泡沫候補に感じるシンパシー。面白くてちょっと切ない泡沫候補たちを追うという、斬新な視点のエンタテインメント・ドキュメンタリーが完成しました。彼らの目的は? 本気度は? 知れば知るほど切ない物語、笑いと涙に誘います。藤岡利充監督と木野内哲也プロデューサーにお話を伺いました。

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―目から鱗が落ちました。選挙というと、当選落選のせめぎ合いにばかり目が行きますが、考えてみると、皆からぽつんと離れて、わずかの得票しかない候補者がいますね。この作品を撮ろうと思われたきっかけは?
藤岡利充監督(以下敬称略):僕ら二人は元々CM製作会社の上司と部下でした。一緒に組んで色々な仕事をしてきたのです。でも映画への夢が捨てがたくて、会社を辞めて1本映画を作りました。あまり評判がよくなく、その後山口に帰って、向こうで仕事をしていたのですが、自分の中で映画への夢がふつふつとしていました。そういう時に、泡沫候補たちに目が行きました。この人たちはものすごい夢追い人だなあと、気がついたんです。たいていの人が夢を口にしますが、その夢というのは単なる目標で、実現するものではない。でも立候補者は、単なる夢で終わらせず、夢を実現するために一歩進みだしています。平気な顔はしていても、やっぱり覚悟してはいても、落選のダメージは大きいと思うのです。それでも出続ける彼らに興味を持ちました。マック赤松さんは「静かな池に投げる一個の石」だと表現しましたが。

―この方は不思議な方ですね。ちょっとわけが分かりません。本気なのかどうか。
木野内哲也プロデューサー(以下敬称略):本人も手段と目的がわからなくなっている気がします。得票数が足りないと、供託金の300万円が没収されます。お金持ちとはいえ毎回ですからね。
―息子の健太郎さんの言葉が生きていますね。
藤岡:実はあれは後で撮れたものです。駄目だろうと思いながら、撮影をお願いしたらいいですよと。健太郎さんのインタビューを入れてしまりました。父親をクールに見ていて、一般の人の思いを代弁していますからね。

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―そのくせ、肉親ならではの情もある。こういう息子がいるからこそ、会社を任せて選挙見入れあげれるのだなあと思いました。それでも、健太郎さんが父親の心理を理解しきれないように、マック赤松さんは、私たちには謎のままです。何か突っ切った大きな思いがおありなのでしょうねえ。いちいち説明するのも面倒で、道化と思われても気にせず、スマイル党の精神を広めているのかなと。凡人には想像の範疇を超えています。
木野:正直分かりません。
―そういう思いはすべての泡沫候補者に通じます。
藤岡:ちょっと切ないところもありますが。でもこの映画を見て、一票を入れたい候補者がいなければ、自分が出ればいいと気づいて欲しいのです。そういう形で、夢を諦めずに、自分が自分の人生に立候補して欲しい。僕は映画でご飯が食べられるようになりたい。いつかはアカデミー賞を取りたいと思います。そういうことを言うと、又大きな夢ばっかり入ってといわれるけれど、無形の夢を追い求める人を、もっと称えるべきだと思って作りました。(犬塚芳美)

    この作品は、第七芸術劇場で上映中

映写室「爆心・長崎の空」日向寺太郎監督インタビュー

映写室「爆心・長崎の空」日向寺太郎監督インタビュー   
―今なお残る、原爆の傷跡― 

暑い夏がやってきました。この頃になると甦るのが、戦争と原爆の記憶です。「火垂るの墓」から5年、日向寺太郎監督の新作は、そこのあたりを捉えた新しい原爆の映画かもしれません。原作は、芥川賞作家で、現・長崎原爆資料館館長の青来有一氏の「爆心」。6つの作品からなる連作短編を元に、母を亡くした子と、子を亡くした母の二つの物語を、糸を紡ぐ様に手繰り寄せていきます。坂の町長崎には、今もなお、目に見えない形で原爆の爪あとが残っているのだと実感させられました。制作秘話等を日向寺太郎監督に伺います。

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©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ

<その前に、「爆心・長崎の空」とはこんな物語> 
坂の上に住む門田清水(北乃きい)は大学3年生。父母と平凡で幸せな日々を送っていた。ある日、医学生の光太とのデイト中に、喧嘩した母から電話がかかる。無視して電話に出ないまま自宅に帰ってみると、母は心臓発作で亡くなっていた。一方、高森沙織(稲森いずみ)は、娘を1年前に亡くした悲しみから立ち直れないでいる。ある日、二人が街角ですれ違う。

<日向寺太郎監督インタビュー>
―「火垂るの墓」以来で、5年目ですね。今回も原爆が根底に流れていますが。やはり師匠の黒木和雄監督の影響が大きいのでしょうか?
日向寺太郎監督(以下敬称略):なぜかそういう題材が重なりました。意識したわけではないのですが、無意識下で、黒木監督の影響があるのかもしれませんね。この前は向こうから監督を打診されましたが、今回は、原作を読んで是非撮りたいと、こちらから企画を持ち込んでのことです。2009年に俳人の金子兜太さんのドキュメンタリーを撮ったのですが、その時に初めて長崎を訪れ、なんとも魅力的な街に魅せられました。入り組んだ坂道、教会、そして爆心地。一度何もなくなった町に、こうして人々が住んでいることに感動したんです。それだけでなく、金子兜太さんも、この街に行くと創作意欲を駆り立てられるとおっしゃいましたが、目に見えないこの街の何かに強く惹きつけられました。この街をもっと知りたいと思い、帰京後、長崎に関する本を漁るように読んだんです。その中に青来有一さんの「爆心」がありました。どの短編も今を生きる長崎の市井の人を描きながら、被爆地であることやキリシタンの地であることと、この土地固有の記憶が浮かび上がり、そしてその記憶が人々の暮らしに影を落としています。ああ、自分の感じた長崎への思いはこういうことだったのかと、納得しました。黒木さんは原爆の映画を撮りましたが、実体験のない僕の年代では、あの臨場感は出ません。青来さんの原作のおかげで、僕が描ける原爆の映画は、こういう形で、今の暮らしの中に落としている影としてだなあと分かりました。そうこうしているうちに、2011年3月11日がやってきました。いまだに収束していない福島の原発。新たな被爆が起こり広がりつつあります。負の記憶が生まれるかもしれない今、「爆心―長崎の空」を撮る意味を考えました。時間は過去や未来へ繋がっている。今の私達は今まで生きてきた人の末席に連なっているわけで、そういう現代によって、この後の未来は作られるわけです。そういうことも伝えたいと思いました。

―では、青来さんの本をそのまま脚本に起こしていったと?
日向寺:原作は関連した6つの短編からなっているのですが、その中から2編を中心に選び、他の作品も絡めてまとめていきました。北乃きいさんの話はオリジナルです。
―脚本が巧ですよね。最初関連性のない二つの家族の物語が、別々のところで進行し、少し戸惑いました。ところが後半になって、糸が絡むように、色々な人間関係がつながり始めます。サーと視界が広がるというか、まるで手品のようで見事でした。ああ、ここでこうくるかと、映画の醍醐味というか。

日向寺:ありがとうございます。実は物語を二つの家族に絞るのが大変でした。それと原爆を描くのではなく、今の長崎を描けば、原爆とキリシタンという土地の記憶に重なってくるという、原作の肝心なところに集約できたのはよかったと思います。こういうのは青来さんがずっと長崎に住んでいるからこそ書ける物語だと思うんです。まったく個人的な物語が、進むほどに個人の死を超えて土地の物語となり、普遍性を帯びていきます。このあたり、原作の巧みさに助けられています。

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©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ

―役者さんもそれぞれに凄いですね。
日向寺:清水役の北乃きいさんは、撮影中にもどんどん大人になっていきましたね。彼女のまっすぐさがなければ成り立たない作品でした。内的世界を憂いを含んだ瞳や少しうつむき加減の眼差しで表現してくださり、上手いです。透明感があって、これからも楽しみですよね。稲森いずみも映画は久しぶりなんですが、複雑な役を説得力を持って演じてくださったと思います。僭越ですが、年を重ねていい役者さんになられたなあと、思いました。
―体全体から発する憂い、本当に魅せられました。そういう主役の二人を守り立てる脇役、ほんの少しの出番に大物を繰り出して、それにも驚きます。
日向寺:父親役の佐野史郎さんなんて、2回しか出てきません。妻の残したカレーを食べるシーンと、娘の作ったカレーのシーンだけなんです。でも抜群の存在感で、不在のシーですら父親像が浮かび上がります。見事だなあと思いました。
―杉本哲太さん、宮下順子さん、池脇千鶴さん、石橋蓮司さん、それぞれに凄いですよね。
日向寺:はい、それぞれの役者さんが、役を説得力のある印象深いものにしてくださり、監督冥利に尽きます。

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©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ

―問題の青年は、柳楽優弥さんなんですね。すっかり大人になられて見違えました。実は後でチラシを見るまで、柳楽さんとは分からず、(この青年は誰だろう? でもこの存在感は只者ではない。有名な人のはずだけれど?)と、目が釘付けでした。若くに世界で注目されて、苦労されたのが、ここに来て実を結びましたね。鬱積した青年の内的世界が見事に体現されていて、抜群の存在感です。あの重い瞳で物語を一気に自分に持っていきましたね。凄いです。
日向寺:ええ、素晴しいですね。柳楽さんの演じる青年はこの物語の中では異物です。二組の家族は恵まれて育っていますが、複雑な家庭環境がありますから。母親との関係も、ある意味で現代の親子の象徴かも知れず、今の若者の抱える生き辛さを象徴してもらいました。時代の抱える問題、重さともいえます。五島列島の出身というのもみそで、彼の小屋にはキリスト像が祭られていましたが、五島列島は隠れキリシタンの島として有名なのです。地元の、分かる人がみたら分かる事情も表現しています。池脇さんも異物ですが、彼女は長崎にこだわらず、嫌になったら街を出て行く。之も又、今の若者の代弁者ですが、自由なので、柳楽さんの演じる青年ほど内向せず鬱積したものがありません。

―確かに。あの気ままさは強味ですよね。原作の青来さんは、映画を見て何かおっしゃいましたか?
日向寺:良かったと言ってくださいました。この作品は随所に長崎の特徴をちりばめています。北乃さんの走るグラウンドから、天主堂が見えたり、坂を多用したり、観光映画ではありませんが、名所を一杯入れました。そういう意味でも楽しんでいただけると思います。ただ、小屋の焼けるシーンで、時計の針を原爆投下の時間に合わせていたりして、青来さんから、「やり過ぎじゃあないか?」と心配されました。
―すみません、そこまで気がつかなくて。
日向寺:普通はそういうものかもしれませんね。こっちのこだわりで。僕はこの作品で原爆に対する新しい入り口を作りたいと思いました。全面的に戦争を見つめてはいないけれど、住んでいる人々には、あの原爆がいまだに影を落としていることを訴えられたらなあと思います。青来さんは長崎に住んでいるといくらでも書ける。書きたい題材は一杯あるとおっしゃいました。この作品でその一環に触れていただければ嬉しいです。(聞き手:犬塚芳美)

この作品は、7月20日からテアトル梅田、
なんばパークスシネマ にて公開。

映写室「じんじん」大地康雄さんインタビュー

映写室「じんじん」大地康雄さんインタビュー 

  ―大地康雄さんが絵本の里で見たお話―  

 この作品は俳優の大地康雄さんが、2007年に北海道の剣淵町を訪れた事から始まりました。剣淵では約20年前から「絵本」を真ん中に、人と人との心が通う「絵本の里づくり」を進めています。大地さんは、絵本に目を輝かせる子供たちに感動し、「絵本の力」と「親子の絆」をテーマに、映画つくりを思い立ちます。

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©2013『じんじん』製作委員会

ここからは、大地さんの人脈と企画が人を惹き付け、どんどん話が進んでいきました。題名は人の心に「じんじん」と響く物語という意味です。大地康雄さんにお話を伺いました。

<その前に「じんじん」とはこんなお話>
 宮城県・松島に住む銀三郎は、気ままな一人身で皆から愛されるお調子者だ。毎年、幼馴染が営む北海道の農場を手伝っている。彼には昔別れた妻と娘がいるが、もうずっと会っていない。ある年、農場に行くと、都会から農業研修に来ている女子高生と一緒になった。喧嘩しながらもそのうち仲良くなるが、一人の少女だけは心を開かない。研修も最後が近づき、彼女はそっと秘密を打ち明ける。


<大地康雄さんインタビュー>
―温かい作品ですね。うるうる、じんじんしました。題名の通りです。これの始まりはどんなところから?
大地康雄さん(以下敬称略):前作「恋するトマト」は全国500箇所を巡回しました。農業がテーマなので、北海道で火がついたんです。どこでも上映会の後に、交流会というか飲み会を設定してくれるのですが、札幌で上映会があった時、飲み会で、ひげ面の男に「一度剣淵に来てよ」と誘われました。実は疲れていて、予定も詰まっているので早く帰りたかったのですが、あんまり熱心に誘われて、車で1時間のところまで出かけました。農業はたくさん見ただろうから絵本を見せたいというんです。最初は興味がなかったけれど、「絵本の館」に連れて行かれて驚きました。映画にも映りますが、田園風景の中にヨーロッパの建物のような館があるんです。しかも看板に「大地の会」-有機農業の会-と書いてあって、自分とのつながりを感じました。会場では読み聞かせをしていたのですが、子供たちが吸い込まれるように聞いている。どんどん絵に近づいていくんですよ。そして最後は床にひっくり返って喜びを表しました。絵本にはこんな力があるのかと、こっちもびっくりしましてね。その後に、普通の農家のお父さんが、農作業の服のままで読み聞かせをしたんですが、これが上手い。子供も読み聞かせをする方も、どちらも生き生きとして、連帯感があります。そこに日本の明るい未来を感じました。

―ええ。
大地:絵本はとてもシンプルで大事なことを伝えます。しかもお説教臭くありません。自分がされて嫌なことをしたら、相手が嫌な思いをするとか、人の心を思いやることができるようになります。感想を話し合うことで会話力がついて、引っ込み思案が治ったとも聞きました。又、子供に読み聞かせをすることは、大人にも効力があります。忘れていた大切なことに気がつきますから。剣淵は絵本で故郷つくりをして25年だそうですが、優しい町の風土が出来ています。

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©2013『じんじん』製作委員会

―桃源郷のようですね。町もですが、登場人物もそれぞれに魅力的です。設定は?
大地:主要な人物にはモデルがあるんです。兵庫県から毎年田植えに来る人がいて、僕の演じた銀三郎は、その人がモデルです。どうしてそんな遠くから毎年来るのかと聞いたら、「剣淵に来ると心が洗われる。ここは本当にいい町だ」と言うんです。又、高校生の農業実習も実際にあるんですよ。絵本の里つくりの中心人物は高橋さんという人なんですが、銀三郎の幼馴染のモデルです。実習生のお世話をしたり、本当に尽力されています。一人の人間の志は大切だなあ、それがあれば多くの人が集まってくると実感しました。この物語は、そういう実話が一杯ちりばめられています。6歳までの読み聞かせが親子の絆を作るらしいのですが、そういう宝物があるからこそ、ラストの奇跡を呼ぶんですよ。

―絵本を中心にしたそういう物語を作りたいという、大地さんの志も多くの仲間を呼び寄せています。
大地:そうですね。ただ、僕の志というより、剣淵の志が僕を惹き付け、そこから皆へと、こういう形で結集したのだと思います。出演者の皆さんにしても、中井貴恵さんとかは、もともと読み聞かせをされていると聞き、僕が直接事務所を通さずに、お願いしました。本当は違反なんですけど、是非出たいと言ってくださって嬉しかったですね。他の点でも、企画が進みに連れて、どんどん賛同者が増え、協力体制出来ていく。この作品の制作は幸運な軌跡をたどっています。

―銀三郎が魅力的です。大地さんの喜劇的なアプローチが遺憾なく発揮された作品ですね。
大地:喜劇的な作品というと、僕は「病院へ行こう」が始まりですかね。脚本は坂上かつえさんで、僕は長年テレビで刑事物をやっているんですが、そこの脚本家です。役者冥利に尽きますよ。当て書きで書いてくれているので、スーッと役に溶け込めました。この映画がここまで上手くいったのは、脚本の勝利です。彼女本当に上手くて、伏線を張りながら物語を進め、最後は心に「じんじん」と迫ってくる作品に仕立ててくれました。坂上さんは上手くいくときは筋が上から降りてくるといいますが、今回もそういう感じで出来たようです。監督の山田大樹さんもそこの仲間です。そういう、僕をよく知ってくれている仲間との仕事だったので、銀三郎のキャラクターも自然に出来上がっていました。

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©2013『じんじん』製作委員会

―私はまず、この主人公のキャラクターに魅せられました。絵本が先の企画とは知らず、「平成の魅力的な寅さんが出来たなあ。次も楽しみ」と、勝手にシリーズ化を思ったほどです。
大地:ハハハハ・・・(笑い)

―松島も出てきて、さりげない震災の復興支援映画にもなっていますね。
大地:この作品の配給の鳥居さんが、「松島でどうだろう?」と話を持ちかけてきたんです。震災後に何かしたいと思っていたので、渡りに船だったのです。松島は実際はそんなに震災の被害がなかったのに、風評被害が大きく、困っていました。大勢いた観光客の中でも、特に外国人観光客がいなくなってしまったんです。だから自分たちの町が舞台になると大喜びで、町をあげて協力してくださいました。期待もされて、北海道の上映会にも松島の町長さんが来たほどです。この作品をきっかけに観光客が戻ってくれればいいなあと思っています。

―それにしても巧みな作品ですね。
大地:悪人がいないのに感動できる珍しい作品だといわれました。札幌の中学生に見せたら、大人が感じるところで同じように感じていて、この作品が世代を超えて訴える力を持っていると実感しました。絵本は説教臭くないですからね。それもいいのだと思います。剣淵の皆さんの協力も、この映画の成功には大きな力になりました。エキストラは300人にも上りますし、撮影隊への炊き出しもしてくださいました。これは嬉しいです。たいていはロケ弁といって冷たくなったお弁当なんですが、今回は地元の食材をつかったおいしいご飯が食べられました。剣淵は年間3万人が訪れる町でもあります。良い所なので、これを機会に是非いらしてみてください。(聞き手:犬塚芳美)

* この作品は、夕張ファンタスティック国際映画祭で、作品賞と主演男優賞の2つをとりました。又、映画業界では初めて、総務省の後援を得られたので、全国の市町村に上映を呼びかけてくださるようです。

この作品は、7月13日からテアトル梅田、
8月3日から京都シネマ、
8月10日から神戸元町映画館 にて公開。

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